【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「いやぁ、律っ……!」

悲鳴交じりに叫んだカヤは、身体を投げ出すようにして律の隣に膝を付く。

「カヤッ……?」

カヤの叫び声を聞き、兵と戦っていた翠が、弾かれたようにこちらを振り向いた。


キィンッ――――!

あ、と思った時には遅かった。
見慣れた剣が、翠の手から弾き飛ばされていた。


綺麗だ、とつい先ほど思った石が宙を舞い、勢いよく地面に叩きつけられていく。

"逃げて、翠"

そう叫ぼうとしたが、声が喉に張り付いて、出てこなかった。

「すっ、」

丸腰になってしまった翠の向こう側で、兵が勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

兵は大きく剣を振りかぶっていた。

その刃は今も尚、衝撃を表情に残している翠に向かって、ゆっくりと振り下ろされていく。

強烈な悪寒が足元から頭のてっぺんまでを走り抜け、カヤは経験した事の無いような恐怖に襲われた。


(いやだ)

翠に向かって、我武者羅に手を伸ばす。

(いやだっ……!)

決して届く事のない指の先で、愛しい人が何かを叫んだように見えた。


「すいぃっ……!」

耳元で、何かが駆け抜けていく音が聞こえた。


ザッ―――――と残酷な音が聞こえたと同時、目の前に赤が散った。


「い、や……」

ひらひら、ひらひら、と。
まるで可憐な花弁のように舞った赤に、目が釘付けになる。

「……っう、そ……」

恐ろしいほどに真っ赤だった。
美しい頬も、瞼も、爪の先も、ピクリとも動かない。

その背中からはじわじわと血液が這い出て、その人の『真っ白』な髪をも、血の海に沈めていた。

倒れる律の隣には、斬られる直前、彼女によって突き飛ばされた翠の姿が。


「いやぁあぁぁあ!律っ……!」

カヤが絶叫した瞬間、

「くそっ……!」

一瞬で剣を拾い上げた翠が袈裟気味に刃を振るい、たった今律を斬り倒した兵を打ち倒した。

それが最後の一人だったらしく、もうその場に立っている敵は誰も居なかった。

しかしそんな事も気が付けないほど、カヤの気は酷く動転していた。

「律っ、律!」

転げるようにして律に駆け寄れば、既に翠が律を抱き起していた。

「おい、女!大丈夫か!」

翠の呼びかけに、律の瞼がピクリと反応し、ゆるゆると開いた。

「カ、ヤ……無事、か……?」

微かな呼吸音を漏らしながら、律が苦し気に言う。

カヤは、だらりと横に投げ出されているその白い手を取りながら、何度も頷いた。

「ぶじ、だよっ……私も、蒼月もっ……何処も怪我してない……!」

「……それ、なら……良かった……」

そう呟いて、律はまたゆっくりと眼を閉じた。