【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

カヤは、律の手に翠と違って武器らしい武器が一つも無い事に、ようやく気が付いた。

「生憎、苦無を忘れてきた。素手だと少しばかりキツいな」

それを聞き、ハッとする。

そう言えば彼女の怪我の手当てをする時に、苦無を身体から取り外して、そのままにしてきてしまったのだ。


「何をしてるんだ、間抜け」

翠が呆れたように言った。

「うるさいな。お前がいきなり人の話しも聞かずに走り出すのが悪いんだ」

「人のせいにするな」

「ああ?本当の事だろうが」

「何だと?」

敵を目の前にして一触即発な空気を匂わせ始めた二人に頭を抱えそうになったカヤだったが、不意にとある事を思い出した。

懐をゴソゴソと漁ったカヤは、大事に収められていた短剣を取り出すと、律にそれを差し出した。

「律、これを使って!」

兵が持つ松明に炎に照らされ、鞘に付いた薄緑色の石がキラリと光る。

集落から逃げおおせた日から肌身離さず懐に入れておいた剣だったが、まさかこんな時に役立つとは。

「……良いのか?」

剣とカヤを交互に見やる律に、大きく頷く。

カヤから短剣を受け取った律は、感触を確かめるように手の中で何度か鞘をひっくり返した後、ニッと笑った。

「では、ありがたく借りるぞ」

一部の隙も無く、清廉に構える律と翠。

よもや女性二人が――――正確には女性一人と、女性に見える男性一人だが――――立ち向かってくる姿勢を見せてくるとは露ほども思っていなかったのだろう。

砦の兵達は、明らかに困惑していた。

「翠様、どうか無駄な抵抗はお止め下さい。私共も出来るならば、女性方を一方的に痛めつけるような真似は―――――」

ガギィン――――!

最期まで言い切る事も叶わず、先頭に居た兵の剣が弾き飛ばされ、洞窟の石壁に叩きつけられた。

「一方的に、何だって?」

たった今、目にも止まらぬ速さで剣を振るった翠は、まるで脅すように剣先を兵達に向ける。

「なっ……」

兵達がたじろいだその一瞬の隙を、翠も律も見逃さなかった。

二人が動いたのは同時だった。

翠の峰内が丸腰だった兵の胴体に叩きこまれ、その身体が地を打つ頃には、律の短剣が隣の兵の右腕を切り裂いていた。

あっという間に二人を打ち伏せた律と翠は、慄いている兵達に更に向かって行く。

「か、構わん!殺せ!」

怒声と共に、一番近くに居た兵から振り下ろされたきた斬撃を、翠が間一髪で受け止めた。

刃と刃が激しくぶつかり合う音がして、その勢いに兵と翠の双方の表情が歪む。