【完】絶えうるなら、琥珀の隙間









奥深くまで沈んでいた記憶が、何か小さな声によって揺り動かされた。

「……ん……」

しとしとと冷たい雨の音に混じって、幼子の声が聞こえた気がしたのだ。

カヤは、のろのろと目を開けた。

いつの間にやら、少しだけ眠っていたらしい。
外は未だに真っ暗だ。

「……かかぁー……かかぁー」

今度ははっきりと聞こえた。
蒼月が泣いている。

「はいはい、今いくよー……」

寝ぼけながら起き上がったカヤは、うーうー言っている蒼月を抱き上げた。

「いい子だねー……もう少し眠ろうねー……」

ゆらゆら揺れながら背中を規則正しく撫でるが、蒼月の愚図りは治まらない。

それどころか強い力でカヤにしがみつきながら、ヒックヒック、と泣き出してしまった。

「こわいの、こわいの」

「怖い?何が怖いの?」

よしよしと撫でながら問いかけるが、蒼月は『怖い』としきりに訴えるばかり。

嫌な夢でも見たのだろうか。


「……どうした、カヤ……?」

と、眠たげな声と共に、律がのそのそと起き上がった。

どうやら蒼月の泣き声で起きてしまったらしい。

「あ、起こしてごめんね……蒼月がいきなり泣き出しちゃって」

「夜泣きだろう?気にするな」

「うん、ありがとう……でも、ここ最近はずっと無かったのになあ」

一時期は酷かった蒼月の夜泣きも、半年前あたりから徐々に収まり、最近は全くと言っていいほど無かったのだが。

もしかしたら環境が変わったせいかもしれない。


「少しお散歩してこようかな。律は眠っててね」

そう言って、翠が見張ってくれているであろう洞窟の入り口へと向かおうとした時だった。

「かかぁ……」

「ん?なあに?」

くい、くい、と蒼月に胸元の衣を引っ張られた。

「あっち、こわいの……」

「へ?」

蒼月の小さな指は、カヤの背後を指し示していた。

そこにあるのは、洞窟を抜けた先に広がっている外の草原だ。

草原の先には崖があるだけだし、外は酷い大雨。暗闇に誰かが居るわけでも無い。

雨の音が大きくて、怖がっているのだろうか。

不思議に思っていると、不意に蒼月がカヤを見上げた。

涙がいっぱい溜まっている琥珀色の瞳は、恐怖の色を映し、震えている。


「とと、死んじゃうの?」


ぞ、と背筋を走ったのは、言いようのない激しい悪寒だった。


「え……?それって……」

どういう意味なの?と、カヤが尋ねる前に、律が言った。

「カヤ、何か様子が可笑しいぞ」

いつの間にやら律は立ち上がっていた。

彼女は、崖とは正反対側にある、洞窟の入り口方向に広がる闇を凝視している。