【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「そういえば……カヤに初めて会った日も、夜だったな……」

洞窟の外を見やりながら、律が言った。
彼女に釣られて、カヤも漆黒の夜闇に目を向ける。

「うん、そうだったね」

懐かしさに目を細める。

律の美しさに息が止まりそうになったあの夜の事は、未だに忘れられない。

「あれから三年半くらい経ったのかな?あっという間だったよ」

色々な事がありすぎて、目まぐるしい日々だったはずなのに、全ての思い出がまるで昨日の事のように鮮明だ。

「そうだな……時が立つのは、本当に早い……」

そう相槌を打った律は、ふと真っ白な睫毛を伏せると、ポツリと呟いた。

「……私は、私の夢に、少しは近づけているんだろうか」

雨音に紛れ込んでしまいそうなほど、律の声は小さかった。

「それって……この国も、神官って言う風習も、全部壊したいって夢?」

いつだったか律は、山を降りて翠に近づいた理由を、そう話してくれた。

その過程で必要ならば、翠をも殺すつもりだった、と。
けれど翠の隣にはカヤが居るから、もう殺せない、とも。


「ああ……違う、それは終着点への過程に過ぎないよ……」

良く意味が分からず首を捻ったカヤに、律が弱々しく笑った。

「私の夢は……この国を、何の犠牲も無く……安寧に在り続ける国にする事だ……」


"――――何の犠牲も無く"

その言葉が、やけに胸に刺さった。


この国の民が何の弊害も無く、安心して日々を過ごせるのは、誰かの大きな犠牲があったからだ。

翠は幼い頃から性別を偽り、日々身を削りながら国の行末を占った。

律は、彼女自身にまったく落ち度が無いにも関わらず、存在をも抹消され山奥に追いやられた。

翠のお母様もまた、カヤには計り知れないような葛藤を抱きながら、亡くなっていっただろう。

そしてきっと――――蒼月も。


カヤは静かに眠っている我が子を見つめた。

こんなに小さくて柔いのに、本当にこの子は、この大国を支える礎に成らざるを得ないのだろうか?


「……うん。私もだよ、律」

握った手に力を込める。

翠の国は豊かで、とても綺麗だ。

けれどやっぱりカヤには、誰かの犠牲の上で成り立っている安寧ほど脆いものは無いように思えた。



「私も、そうしたい」

全てが終わって落ち着いたら、ちゃんと翠と話してみよう。

本当の『安寧』を手にするため、私達が向かうべき道について。