ひたひたと雨が地上を濡らす音を片耳に、カヤは蒼月の腹を規則正しくポンポンと撫でていた。


タケルは出陣の準備のため、そして翠は洞窟の入り口で蔵光の仲間達と見張りをしてくれているため、洞窟内にはカヤと律と蒼月の三人だけだ。

本当に明日の朝、戦の幕が上がってしまうのだろうか――――そんな事、到底信じられないほど、雨の音しか聞こえない静かな夜だった。


カヤは、ほとんど無意識下の中であやしていた蒼月を見下ろした。

つい先程ようやく眠ってくれた我が子は、すやすやと安らかな寝息を立てている。

もう簡単には起きないだろうと判断したカヤは、蒼月の体にそっと布を掛けると、少し離れた所で横になっている律に近寄った。


「律、大丈夫……?」

色の無い額に静かに手を当てる。
汗ばんだ額は、じわりと熱を帯びていた。

「……あまり、良くは無いな……」

ゆっくりと目を開けた律が、参ったように笑った。

「包帯、変えるね」

「すまない……」

しんどそうに起き上がった律は、上半身の衣を脱いだ。

その下にはサラシが巻かれており、隙間に数本の苦無がキッチリと収められている。

こんな時までしっかりと武器を隠し持っているのは律らしいが、これでは胸を圧迫して寝にくいだろうに。

「律。武器は邪魔になるから今だけ外すよ」

「いや、別に大丈夫だ……」

「駄目だよ。少しでも楽にしなきゃ」

弱々しく抵抗を見せた律を無視して、カヤはサラシを解くと、ズシリと重たい苦無をそっと地面に置いた。

そして次に肩の包帯をシュルシュルと解いていく。

少しは治っていて欲しいと期待したものの、露わになった傷は全く様子が変わっておらず、相変わらずじくじくと酷く膿んでいた。

「カヤ……そんな悲しそうな顔をするな……」

律にそんな事を言われ、いかに自分が悲痛に満ちた顔をしてしまっていたのか、ようやく気が付いた。

「あ、ごめんごめん……」

慌てて取り繕ったが、引きつった頬は上手に上がってくれない。

カヤがそんな出来損ないの笑顔を浮かべるものだから、律の方が悲しそうな表情になってしまった。

それを見て、カヤの取って付けただけの笑みが、しゅるしゅると消えていく。

「……ごめん……全然駄目だ、わたし……」

新しい包帯をギュッと握りしめながら、深く俯く。

絶対に大丈夫だ、全て上手く行く。
そうやって、何度も自分に言い聞かせてはいるものの、抗いようのない大きな不安が、それをことごとく打ち消していくのだ。

怖かった。
何が怖いのかも分からないほどに、怖かった。




「……手が、冷たいな」

震えるカヤの手に、律がそっと触れた。

真っ白で、綺麗な指先。
爪の形が翠にそっくりだ。

カヤが縋るように律の掌を握りしめれば、同じように返してくれる。

思いのほか力強い指の温かさに、渦巻いていた不安がほんの少しだけ落ち着いたのを感じた。