【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

ミナトが洞窟を出ていって、あっという間にもう丸一日が経ってしまった。

タケルの言うように『何か』があったのだと、そう思わざるを得なかった。

ミナトが順調にハヤセミとの交渉を進められたのなら、とっくに戻ってきているはずだ。


「ミナトを信じてもう少し待とう」

雨でずぶ濡れになった衣を絞りながら、翠が言った時だった。

「――――クンリク様、翠様!今、砦に潜りこんでた仲間から伝達があった!」

焦ったような様子で、蔵光が駆け込んできた。

「大将はどうにか交渉しようとしたらしいんだけどよ、ハヤセミ様は一切話も聞かずに大将を拘束したらしい」

――――ああ、やっぱり。

その報告に衝撃を受けたカヤだったが、蔵光の話はそれだけでは終わらなかった。

「それから、良く分かんねえんだけどよ……何故か砦では祝言の準備が進められているらしい」

「こんな時に?誰のだ?」

翠が怪訝そうに言った。
蔵光は得も言えぬ表情のままに口を開く。

「噂では、大将と……クンリク様。あんただ」

その場の全員の視線がカヤを向いた。

「わ、わたしっ?」

唐突に出てきた自分の名前に、カヤは素っ頓狂な声を上げた。

全くもって意味が分からない。

どうしてカヤとミナトの祝言の準備なんかが勝手に進められているのだろう?

第一準備が終わった所で、砦に居るはずの無いカヤがどうやって祝言を上げると言うのだ?


ハヤセミの考えがさっぱり理解出来ず、軽い目眩を覚えていると、

「ハヤセミ様は、草の根分けてでもクンリク様とその子供を見つけ出せ、と砦の兵に命令を出しているらしい」

そんなカヤを心配そうに見つめながら、蔵光が言った。

「私と蒼月を……?」

恐ろしい言葉ではあったが、皮肉にも少しだけ納得がいった。

ハヤセミはカヤを捕らえて、無理やりにでもミナトと祝言を挙げさせるつもりなのだ。


無理やりに祝言を挙げさせられそうになり、辛くも逃げおおせた数年前の出来事が頭をよぎる。

(あの男は、まだ『神の娘』を諦めてなかったのか)

その執念深さに、背筋が凍った。

しかも更に最悪な事に、ハヤセミが本当に欲しいのは、『神の娘』の血を引く子供である蒼月に違いない。

あの男なら、どんな手を使ってでも蒼月を奪いに来るだろう。

果たして蒼月がハヤセミの手に渡ってしまった時、どんな扱いを受けるのか―――――考えただけで、頬が引き攣った。