【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

足元を見れば、地面が吸いきれなかった雨が溢れ、じわじわと洞窟に侵入し始めていた。

異常なほどの雨の勢いを目の当たりにし、カヤはぞっと身震いした。


――――これは、愚かな人間に対して、自然が裁きを下そうとしているのだろうか?




「ねえ、翠……このままじゃ……」

恐れを成したカヤに、翠は「ああ」と頷いた。

「ハヤセミに一刻も早く撤退するよう言わなきゃな。砦の兵が氾濫に巻き込まれる」

敢えて黙っておき、砦の兵を一網打尽にする事も出来るだろうが、すぐにそんな判断を下してくれた翠に、カヤは安心した。


「しかし、どのように説明をされるのですか?」

タケルが困ったように言った。

「翠様がもう占いは出来ぬと言う事はあちらも認識しているでしょうし、ハヤセミは蒼月が翠様の子供だとは知らないでしょうから、蒼月が占ったなどとは言えぬでしょう」

タケルの言う通りだった。

一体どう言えば、ハヤセミを納得させ、砦の兵を撤退するように促す事が出来るのだろうか。



「俺が行きます」

すぐさまそう言ったのは、ミナトだった。

「蒼月の事は口にせずに、兄上を説得してみます」

「駄目だよ!殺される!」

思わず叫んだカヤを、ミナトが見やった。

「……駄目だよ……」

カヤはもう一度そう言ったが、今度の声は尻すぼみになってしまった。

ミナトと眼が合った瞬間に、分かってしまったからだ。

彼は決心していた。
カヤが何を言っても揺るがないのだと呆気なく悟ってしまうほどに。

「戦なんざ間違ってる」

ミナトが落ち着き払って言った。

「そんなものを起こさないために、この二年間やってきたんだ。きっと兄上も話せば分かって下さる」


こうしてカヤは結局ミナトを止める事は出来ず、雨の中砦に向かって出発するその背中を、不安な気持ちで見送るしか無いのであった。








夜が明けても、雨は止むどころか勢いを増し、滝のように降り注いでいた。

翠とタケルは万が一の事に備え、兵の配備のために夜明けとともに洞窟を出ていった。

残されたカヤは、臥せている律の看病をしながらも、時折洞窟の入り口に出ては帰ってくるミナトの姿が見えないかを確認した。

しかし、雨で煙る森の中に幾ら目を凝らしても、望んだ姿が見える事は無く――――夕方になっても、そして夜になっても、ミナトが戻ってくる事は無かった。



「……やはり何かあったのかもしれませんな」

焚き火の爆ぜる音、そして地面を強く打ち付ける雨音だけが響く洞窟の中、タケルが重たい口を開く。

たった今、外から戻ってきた二人に、ミナトがまだ帰っていない事を伝えた所だ。