【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

襲撃の事やらなんやらですっかり頭から吹っ飛んでしまっていた事を、何故思い出したのかは自分でも分からない。

ただ何故だか、翠の言葉に記憶が酷く刺激されたのだ。



「……何かの間違いでは無いのか?」

カヤが言葉を続ける前に、タケルが訝しげに口を挟んできた。

「このような幼い時期から占いなんぞ……単純にそれらしい言葉を発しただけではないのか?」

完全に疑っているような口ぶりだ。
無理も無い。カヤだって、他人からそれを聞いた所で信じないだろう。

しかしカヤには絶対的な自信があった。

「絶対にお告げでした。何度も翠のお告げを聴いてきたんです。間違いありません」

異常に背の伸びた炎。あの空気の緊張感。幼子とは思えないたどたどしい口ぶり。

勘違いで片付けられるはずが無い。


「うぅむ……」

カヤの口調があまりにもきっぱりとしていたためか、タケルはそれ以上反論出来ないようだった。

「どんなお告げだったか覚えてるか?」

翠が真剣な表情で言った。

カヤの言葉を否定せずに居てくれる事を嬉しく感じながら、あの日の夜の事を思い出そうと必死に記憶を辿る。

「確か……てんう、ふじょうまん、下って……争いに耽る、とか何とか……」

正直、聞いたことのない言葉ばかりであまり覚えていないのだが、カヤは一生懸命に自分の記憶を絞り出した。

「えーっと、それで何だったかな……あ、そうだ。うんすい……?ひがん、渡る……とか言ってた気がする……」

「何だそりゃ」

呆れたように言ったのはミナトだ。

カヤ自身、自分でも何を言っているのか分からないのだ。

蒼月のお告げを直接聞いていないミナト達からしたら、更に訳が分からないだろう。


けれど、やっぱり翠はカヤの言う事を茶化したりはしなかった。

「本当にそう言ったんだな?間違いないんだな?」

「う、うん……」

自信が無いながらも頷けば、翠は顎に手を当てて何かを考える素振りを見せた。

「"天雨は増上漫を下し、争いに耽る雲水、彼岸を渡りけり"――――恐らく蒼月はそう言ったんだろうな」

つらつらと翠の唇から落ちてきたのは、正しく聞き覚えるのある『お告げ』のようなものだった。

さすがは翠だった。
彼は、カヤの頼りない記憶を事もなげに繋ぎ合わせたようだった。

「それってどういう意味なのっ?」

カヤはすぐさま聞いた。

「降り続いた雨は川を氾濫させて、戦に耽る愚かな人間の命を奪うだろう……と言う意味だ」

そう答えた翠は、再び夜空を見上げた。

「……この雨だと、あながち間違いでも無さそうだな」

先程よりも雨足は強くなっており、草原に咲いている小さな花を激しく打っている。