【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

今まさに事はハヤセミにとって都合の悪い方向に進んでいる。

近隣諸国は翠と手を結び、自国は言わば孤立状態となっているのだ。

背水の陣とも言えるこの状況下で、きっとハヤセミならその決断をするだろう―――――


「この期に及んで、俺に宣戦布告してきた」

翠の言葉は、カヤが恐れていた予想そのものだった。

「既に国境に兵を配備しているらしい。三日後の夜明けと共に攻撃を始める、と書いてある」

カヤは耳を疑った。
三日後?そんなの、あっという間では無いか。


(戦が始まる……?)

カヤは産まれてこの方、戦と言うものを経験した事が無かった。

ただ、どれだけ多くの命が奪われてしまうのかは、想像すれば良く分かる。

大半はカヤが顔も名前も知らないような人達だろうが、それでもその人達にも家族があって、歩んできた人生があるのだ。

それが自国の兵でも、例え敵国の兵だとしても、命の重さに変わりは無いだろうに。

そんな恐ろしく無意味な争いが、あとたった三度太陽が登れば始まってしまうと言うのか。

あまりの現実感の無さに、カヤの頭は恐怖を通り越し、麻痺したように動きを止めてしまった。


「――――タケル、すぐにこちらも兵を。最速でいつまでに配備出来る?」

「――――明日の昼までには」

「――――よし。並行して近隣諸国に伝達もしてくれ。手を貸してもらう」

「――――承知致しました」

眼の前で淡々と会話が進んでいく。
翠もタケルも慌てた様子を見せなかった。

それが更に非現実感を掻き立て、カヤは呆然とその様子を眺める事しか出来なかった。


本当に、もうどうする事も出来ないのだろうか?
本当に本当に、この道しか残っていないのだろうか?

でもどうにか出来るのなら、翠はとっくにそうしているだろう――――――


その時カヤの耳に、しとしとと湿った音が届いた。

「降ってきましたな」

タケルの言葉に、のろのろと顔を上げる。

音は洞窟の先に広がる外から聞こえてきていた。
どうやら雨が降ってきたようだ。

翠は洞窟の出口に歩いていくと、雨の降りしきる夜空を見上げ、ポツリと呟いた。

「……嫌な雨だな」


――――――雨。そして、争い。

その単語が、停止していたカヤの頭を無遠慮に小突いた。



「翠ッ!」

いきなり叫んだカヤに、腕の中の蒼月がビクッと体を揺らして目を覚ました。

「ど、どうした?」

「聞いて!蒼月がお告げをしたの!」

いきなり起こされて不機嫌そうに愚図っている蒼月を無意識にあやしながら、カヤは翠に詰め寄った。