律の読み通り、やはりナツナ達は虎松の故郷であるこの村に身を寄せていたそうだった。

しかも喜ばしいことに、集落の女達や子供達も有事の際には虎松の村に集まることになっていたそうで、奇跡的に全員無事だった。

虎松の口利きによって、村人たちはナツナ達や集落の人間を快く匿ってくれたらしい。

そのお陰でどうにか砦の兵達から今日まで逃げおおせる事が出来たのだが、やはり全員無傷に、と言う訳にはいかなかった。





「あの、膳様……怪我の具合は……?」

虎松の実家だと言う家の、とある一室にて、カヤは目の前に横たわる膳に向っておずおずと尋ねた。

「大した事は無いわい」

膳は床に敷かれた寝具の上で横になりながら、軽い調子でそう言った。

しかしながら、右腕に巻かれている包帯には未だに血が滲み、酷く痛々しい。

「膳、本当にすまなかった。どう詫びをして良いのか……」

カヤの隣に並んで座っていた翠が、深々と頭を下げた。


ナツナの話しでは、砦の兵に追われ、あわや斬られてしまう、と言う時に膳が身を挺して蒼月を庇ってくれたらしい。

そう。カヤと弥依彦が森で拾った玩具に付いていた血は、膳のものだったのだ。

膳のお陰で蒼月は怪我も無かったものの、傷の手当てをしたユタ曰く、腕の筋が切れてしまったため、完治にはかなりの時間が掛かるとの事だった。

そのため膳は今、全く右腕が動かせないような状況であった。



「頭を上げて下され、翠様」

頭を垂れ続ける翠に、膳が言った。

「私が望んでした事でございます。感謝すらされど、詫びの言葉を頂く覚えはございませぬ」

膳はきっぱりとそう言ったものの、「すまない」と呟いた翠の声は小さなものだった。

すると、カヤに抱かれていた蒼月が、身を捩って腕から抜け出したかと思うと、膳の隣にトコトコ歩いていき、隣に腰を下ろした。

「じぃじ、いたいいたい?」

膳の右腕に触れ、蒼月が眉毛を下げたまま小首を傾げた。

「おお、心配ないぞ。お前に怪我が無くて良かったわい」

動かせない右手に代わり、膳が左手で蒼月の頭をそっと撫でる。

その光景を、カヤは心底申し訳ない気持ちで見つめた。
隣では翠も複雑そうな表情を浮かべている。

翠のその表情の意味を、カヤは良く分かっていた。

我が子が無事だった事を喜ぶべきなのだろうが、民である膳に、蒼月が原因で怪我をさせてしまったのだ。

彼が責任を感じないはずがなかった。




「良いですか、翠様」

暗い表情の二人に気が付いたのか、蒼月を膝の上に乗せてあやしていた膳が、翠に顔を向けた。

「この子はきっと優秀な神官になりましょうぞ。貴方様と同等な……いや、今の内からその道を極めれば、貴方様以上の能力を開花させるやもしれませぬ」

カヤは思わず蒼月を見やった。

我が子は無邪気に笑いながら、大人しく膳に頭を撫でられている。

この子が、翠以上の神官になる?
そんな事が本当にありえるのだろうか。