「ミナトぉ……」

言葉にならない安心感を感じ、カヤは情けない声を出してしまった。

「なんつー顔してんだ」

苦笑いを零したミナトだったが、すぐに真剣な表情になると、カヤの身体を森の方へと押した。

「とにかく移動するぞ。此処は危ねえ」


ミナトにそう促され、一行は森へ移動した。

先ほど弥依彦が睨んだ通り、森の中には崖の上へと続く上り坂があった。

その急な坂道を足早に上がっていくミナトの後ろを、律、カヤ、そして戦い疲れて満身創痍の弥依彦が続く。


「ねえっ……どうして、この森に居るの……?」

思ったよりも険しい坂に息を切らせながら、ミナトの背中に向かって尋ねる。

「ああ。この先で野営しててな」

「野営……?」

誰と?と、カヤが更に質問をする前に、坂がようやく終わりを迎えた。


「わっ」

目の前に広がっていた光景に、カヤは思わず驚きの声を漏らした。

坂を登り切ってすぐの所には、大きな洞窟がぽっかりと口を開けて鎮座していた。

しかしカヤが驚いたのはそれが理由では無い。

洞窟の入口を囲むようにして、幾つもの天幕が張られ、そして此処から見るだけでも数十人の人間が居たのだ。

それぞれ、何かを地面に書きながら議論に没頭したり、剣の素振りをしたり、食事を採ったりと、思い思いに過ごしている。

誰の顔にも見覚えは無かった。
この人たちは、誰なのだろう?


見知らぬ人達は、カヤ達が現れた事に気が付くと、作業を中断してこちらに顔を向けた。

「おお、クンリク様じゃねえか?」

「本当だ。クンリク様だ」

明らかに自分に注目が集まっていた。

しかもカヤを『クンリク』と呼んでいる。
と言う事は、隣国の人間だ。

恐れを成して無意識にミナトの背中に隠れると、彼は眉を下げて笑った。

「心配すんな。味方だ」

「そ、そうなの……?」

「大丈夫だから着いてこい」

慣れた様子で野営のど真ん中を突っ切って、洞窟に向かって行くミナトの後を、おっかなびっくり追いかける。

途中ミナトは、先ほどまで何かを議論していた一人の男性に声を掛けた。

「蔵光」

「おお。どうした」

『蔵光』と呼ばれた男は、地面に胡坐を掻きながらミナトを見上げた。

短く刈り込まれた頭と髭は、少し白髪交じりだ。
カヤ達よりも二回りほど年上に見える。

しかしながら、日に焼けた黒い肌と、腕にも足にもしっかりと付いている筋肉のために、活力溢れる印象を受けた。


「崖の真下に砦の兵が居た。念のため他に残党が居ないか、確認してきてくれねえか」

「おうよ、了解」

蔵光はすぐに頷くと、周りの人間を数人引き連れて、カヤ達が上がってきた坂を下って行った。