「ぐっ……!」

律が肩口を押さえながら眉を寄せた。


(あの兵っ……)

――――なんと言う弓の腕なのだ。



次の瞬間、カヤは足元に転がっていた短剣を拾い上げると、全力で森に向かって走り出した。


あれ程の命中率を持つ弓手が居ては、厄介すぎる。
どうにかしなければ。


しかし、カヤがその弓手を、どうこうするまでも無かった。

丁度、崖と森の中間地点にまで辿り着いた時、カヤの足がピタっと止まった。

「えっ……?」

律の息の根を止めようと、木の陰に隠れつつ再び弓を引き絞っている兵の背後から―――――ぬっと大きな影が現れたのだ。

的に集中している兵は、全く気付く様子を見せない。

その人影は、手の中の剣を振りかぶったかと思うと、剣の固い柄の部分で弓手を殴りつけた。

ゴンッ!と言う凄まじい音がして、フラフラと兵が地面に倒れ込む。


(だ、誰……?)

倒れた兵を跨ぎながら、森からガサガサと出てきた謎の人物に、カヤは本能的に後ずさった。


体格的には恐らく男だ。
かなり鍛えられているのか、ガッチリとした体型である。

そして生憎、頭から深く布を被っているため、顔は見えない。



「おい、簡単にやられてんじゃねえよ!」

謎の人物が、律に向かって叫んだ。

「煩い!お前が来るのが遅いんだ、鈍間!崖を飛び降りてこれば一瞬だろうが!」

律もまた肩を庇うように戦いながら、謎の人物に悪態を付く。


「お前みたいな命知らずと一緒にすんなや!」

謎の人物は文句を垂れながら、剣を手に勢い良く争いの中に飛び込んでいった。


そこからはもう、瞬きをする間に全てが終わっていた。

いきなり現れた謎の人物は、目を見張るほどの剣の腕前だった。

あれほど弥依彦が手こずっていた相手をあっという間に倒した後、慣れた手つきで剣を鞘に収めると、スタスタとカヤの方に向かってきた。


「おい、無事か?」

気さくに話しかけてくる男の顔は相変わらず見えない。

色々な事が一気に起こり過ぎて頭の整理が付いていないカヤは、呆けたように頷いた。

「う、うん……無事」

「なら良いわ」と笑った男は、目深に被っていた布を取り去る。


「――――久しぶりだな、琥珀」


そう言って、二年半ぶりに再会したミナトは、あの頃と変わらぬ笑顔を見せたのであった。