【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「えっ」

視界の端で、真っ白な衣がはためいたように見えたのだ。

ハッとしてその方角を見やった瞬間、心臓が跳ねあがる。


―――――対岸の切り立った崖の上に、誰かが立っていた。


しかし距離が遠い上に、その人物は太陽を背にして立っているため、姿は良く見えない。

(誰……?)

眩しさに目を細めながら、『誰か』をじっと見やる。

謎の人物は崖の上からキョロキョロと辺りを見回しているようだった。

その仕草を眼にした時、カヤは思わず茂みから身を乗り出すようにして、崖の上を見上げていた。

「う、嘘……」

細身の身体、真っ直ぐに伸びた背筋。

そして、その人が纏っている空気感。カヤは、全てを知っていた。


「――――……翠?」


信じられない思いで呟いた時、翠は身を翻し、崖の奥へと消えていった。


「翠ッ!」

慌てて茂みを飛び出すと、仰天したような弥依彦が後を追ってきた。

「おいおいおいおい!何処行くんだよ!」

「翠が居たように見えたの!」

躊躇なく目の前の小川にバシャバシャと足を踏み入れながら叫ぶ。

「はあ!?何処にだよ!?」

「あの崖の上に立ってた!きっと翠だ!」

「本当かよ!?」と疑わしい様子を見せた弥依彦だったが、カヤが猪のように突進していく姿を見て、溜息を吐いた。

「翠じゃなかったら怒るからな!」

諦めたようにそう言った弥依彦と共に、カヤは小川をすぐに渡り切った。


幸いにも小川は浅かったものの、それでも二人は腰辺りまでずぶ濡れになってしまった。

ひやり、と拭く秋風に身震いしながら、カヤは目の前にそびえ立つ崖を見上げる。

「……登れるかな」

近くで見て確信したが、とても人間が上り下り出来そうな角度では無い。

此処を行くか行かまいか迷っていると、弥依彦が崖の横に広がっている森を指さした。

「こっちから登れるかもしれない!行くぞ!」

確かに、安全な道を行った方が命は確実だ。

「うん!」

カヤが森の方へ歩を進めた時だった。


―――――――ドシュッ!


目の前を何かが勢い良く横切り、崖に突き刺さった。


「へ……?」

恐る恐る顔を右側に向ければ、固い岩肌に一本の矢が突き刺さっていた。

それは、ビィィィン……と未だに尾を震えさせている。

「クンリクッ!しゃがめ!」

弥依彦の絶叫に後押しされ、カヤは咄嗟に身を屈めた。

ドシュッ、ドシュッ――――続けざまに、カヤの頭上スレスレの所を二本の矢が通過していった。


「おい、居たぞ!クンリク様だー!」

そんな咆哮と共に、森の中から五人の男達が飛び出してきた。

その内、四人は手に剣を構えており、残りの一人は弓を手にしている。

あれだけ警戒していたにも関わらず、ここに来てカヤ達は、砦の兵達に見つかってしまったようだった。