弥依彦の真剣な瞳に叱咤され、忘れかけていた何か大切な感情を、激しく揺り動かされたようだった。
「……しん、じる……」
地面に倒れ込みながら、そっと繰り返す。
今まで翠と共に築いてきた時間、交わした言葉の数々が、走馬燈のように頭をよぎっていく。
積み重ねた日々の数だけ、あの人を彩る感情を知った。
綺麗で澄んだ色だけでは無い。
怒り、悲しみ、不安――――そんな濁った色でさえ、あの人はカヤに曝け出してくれた。
その過程で互いに傷付け合ってしまった時だってあったろう。
それでもいつだって最後には笑って、眼を合わせ、どれだけ大切かを確かめ合った。
(翠。ねえ、翠)
嗚呼、どうして忘れていたんだろう。
いつだってあの人は私を信じてくれていたし、私もあの人を信じていたのに。
――――――それが変わる事なんて、絶対に在り得ないのに。
「……ごめん、弥依彦」
ゆっくりと立ち上がった。
膝も声も情けないほど震えていたが、それでも凛と背筋を伸ばす。
ゴシゴシと涙を拭ったカヤは、弥依彦と眼を合わせると、大きく頷いた。
「翠の所に行って、頼んでみる」
弥依彦もまた「よし」と、大きく頷いた。
諦めるにも、絶望するにも、まだ早かった。
頭を下げて翠にお願いしよう。
翠は赦してくれないかもしれないが、それでも何度だって。
(蒼月……)
絶対に何があっても助ける。
だから、どうかもう少しだけ待っていて欲しい。
ほろり、とまた涙が一粒零れた。
絶望に限りなく近いその味を、カヤは苦しい思いで胸に噛み締め、歩いた。
二人は、ひとまず沢の方へ下る事にした。
最後の交渉のために北の国に赴いていた翠は、恐らくもう帰路に着いているか、早ければ屋敷に到着している。
この場所から屋敷まではかなりの距離があるが、守備良く馬を手に入れる事が出来れば、一日足らずで戻る事が出来る。
そして水辺の近くには、村や集落がある可能性が高い。
そこで馬を借りようと考えたのだ。
カヤは血塗れの玩具を握り締めながら、辺りをウロウロしているであろう砦の兵を警戒しつつ、山を下った。
二人が沢に出た頃には、太陽はかなり高い位置まで登っていた。
「兵は……居ないみたいだね」
茂みから川岸を覗き、カヤは近くに誰も居ない事を確認した。
辺りにはゴツゴツとした石が転がり、穏やかな流れの小川を挟んだ対岸には、切り立った崖がそびえ立っている。
「よし、行くぞ」
「うん」
ガサガサと茂みを掻き分けながら、二人が川に沿って移動しようと、足を踏み出しかけた時だった。
神経を尖らせていたため敏感になっていたカヤの視覚が、何かを捉えた。
「……しん、じる……」
地面に倒れ込みながら、そっと繰り返す。
今まで翠と共に築いてきた時間、交わした言葉の数々が、走馬燈のように頭をよぎっていく。
積み重ねた日々の数だけ、あの人を彩る感情を知った。
綺麗で澄んだ色だけでは無い。
怒り、悲しみ、不安――――そんな濁った色でさえ、あの人はカヤに曝け出してくれた。
その過程で互いに傷付け合ってしまった時だってあったろう。
それでもいつだって最後には笑って、眼を合わせ、どれだけ大切かを確かめ合った。
(翠。ねえ、翠)
嗚呼、どうして忘れていたんだろう。
いつだってあの人は私を信じてくれていたし、私もあの人を信じていたのに。
――――――それが変わる事なんて、絶対に在り得ないのに。
「……ごめん、弥依彦」
ゆっくりと立ち上がった。
膝も声も情けないほど震えていたが、それでも凛と背筋を伸ばす。
ゴシゴシと涙を拭ったカヤは、弥依彦と眼を合わせると、大きく頷いた。
「翠の所に行って、頼んでみる」
弥依彦もまた「よし」と、大きく頷いた。
諦めるにも、絶望するにも、まだ早かった。
頭を下げて翠にお願いしよう。
翠は赦してくれないかもしれないが、それでも何度だって。
(蒼月……)
絶対に何があっても助ける。
だから、どうかもう少しだけ待っていて欲しい。
ほろり、とまた涙が一粒零れた。
絶望に限りなく近いその味を、カヤは苦しい思いで胸に噛み締め、歩いた。
二人は、ひとまず沢の方へ下る事にした。
最後の交渉のために北の国に赴いていた翠は、恐らくもう帰路に着いているか、早ければ屋敷に到着している。
この場所から屋敷まではかなりの距離があるが、守備良く馬を手に入れる事が出来れば、一日足らずで戻る事が出来る。
そして水辺の近くには、村や集落がある可能性が高い。
そこで馬を借りようと考えたのだ。
カヤは血塗れの玩具を握り締めながら、辺りをウロウロしているであろう砦の兵を警戒しつつ、山を下った。
二人が沢に出た頃には、太陽はかなり高い位置まで登っていた。
「兵は……居ないみたいだね」
茂みから川岸を覗き、カヤは近くに誰も居ない事を確認した。
辺りにはゴツゴツとした石が転がり、穏やかな流れの小川を挟んだ対岸には、切り立った崖がそびえ立っている。
「よし、行くぞ」
「うん」
ガサガサと茂みを掻き分けながら、二人が川に沿って移動しようと、足を踏み出しかけた時だった。
神経を尖らせていたため敏感になっていたカヤの視覚が、何かを捉えた。
