【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「翠はまだこの事を知らないかもしれない!蒼月の事を言えば、あいつならすぐに探すだろ!行くぞ!さっさと立てよ!」

ぐいぐいと腕を引っ張られるが、カヤの足にはもう立ち上がるだけの気力は残っていなかった。


「……もう無理だよ」

ぼろぼろ、と壊れたように涙が頬を伝う。

心にぽっかりと穴が空いてしまったような強烈な虚無感に襲われ、哀しい、と言う感情さえも起きない。

「あれから時間も経ってるんだよ……あの子が無事でいるはずが無い……」

冷静に考えれば、誰だって分かる。

はぐれてしまった五人の中で剣を振るえるのは、虎松だけだ。

四人を守りながら逃げ切るなんて事、不可能に決まっている。

虎松は必死に戦っただろうが、きっともう、皆―――――



「何言ってんだよ!良いから立てよ!とにかく翠に助けを求めるぞ!」

頭上から激しい叱咤が飛んでくるが、カヤは項垂れ切ったまま、首を横に振った。

「……翠は……私も蒼月も助けてくれない……」

力無く呟けば、弥依彦が「はあ?」と怒ったような声を上げる。

「私、翠に酷い事言っちゃった……『信じる』って言ったのに……もう翠は……私を二度と信じてくれない……」

激しく言い争ったあの夜、きっと翠はカヤの事を限界まで軽蔑しきった。

そしてそれだけで無く、蒼月を死なせてしまった自分を、翠は絶対に許さないだろう。


無駄だ。全てが無駄だ。
翠に助けを乞う事も、蒼月を捜す事も、この世界で生きている事も。

もう何もかもが、とにかく無意味だった。



(……どうして)

空っぽの両手を見下ろしながら、不思議に思う。

ねえ、どうして。
どうして、どうして、どうして。

どうしてあの子なんだろう。
どうして私じゃないのだろう。


「どうして私、ここで生きてるんだろう」


嗚呼、私が代わりに死ねたなら良かったのに。




「っ、ふざけるんじゃないッ!」

ドンッ!と思いっきり肩を押され、カヤは後ろの地面に勢い良く倒れ込んだ。

いきなり突き飛ばされた事に驚き、顔を上げれば、弥依彦が激怒した表情で仁王立ちしていた。


「翠はお前を見捨てたりしない!あいつはそんな男じゃない!」

「や、い……ひこ……」

握った拳は、ワナワナと震えていた。
それを呆然と見つめている間にも、弥依彦は叫び続ける。

「一度や二度信じられなかったから何だって言うんだ!次こそ信じれば良いだけの話だろ、馬鹿野郎!」

喚き散らした弥依彦は、そこで言葉を途切れさせる。
肩で激しく息をしながら、そして弥依彦は力強く言った。


「お前が信じれば翠も信じるんだよ。お前ら二人は、そう言う奴等だろ」


―――――弥依彦は、いつの間にこんな目をするようになったのだろう。