【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

しかしながら、簡単な移動では無かった。

何とも恐ろしい事に、森の中には蟻の数ほど居るのでは、と思えるほどに砦の兵が溢れていたのだ。

耳を澄ませ、目を働かせ、限界まで神経を研ぎ澄ませて歩かなければ、うっかり鉢合わせてしまいそうだった。

二人は、兵の声や足音が少しでも聞こえたなら、すぐに茂みに身を隠し、じっと動かずにやり過ごした。



(律……合図、気付いてくれたかな……)

ひたすらに土を踏みしめ歩き、時には物陰に隠れながら、カヤは何度もそれを考えた。

気が付いてくれたらなら、今頃カヤ達を捜してくれているんだろうか。
離れてしまったナツナ達を見つけてはくれただろうか。

どうかそうであって欲しい。
律が居るなら、きっと蒼月達は安全だ。

でも、もし合図が届いていなかったのなら――――――


そこまで考えては絶望し、いやでもきっと律なら気が付いてくれたはずだ、と思い直す。

何度も何度も同じ事を考えた。
それ以外、考える事が出来なかった。


身体中の痛みと疲労、胃が捩れそうな不安、そして今にも兵に見つかって捕まってしまうのでは、と言う恐怖。

襲い来るそれらと戦いながら歩いた結果、東の空が薄っすらと白み始めた頃に、二人はようやく集落に到着する事が出来た。




「……酷い」

木々の影からそっと集落を窺ったカヤは、絶句した。

見慣れたはずの集落は、今や面影を残していなかった。


つい数日前までしっかりと建っていたはずの家々は一棟残らず崩れ落ち、黒々とした柱が数本だけが何とか建っているような有様である。

大事に耕してきた畑は踏み荒らされ、収穫時だった芋はぐちゃぐちゃに潰れていた。


既に火は鎮火しているようだが、辺りには鼻を突くような焦げ臭さが漂っている。

普段ならば朝の鳥が鳴きはじめる時間帯だろうが、辺りは異常なほどに静まり返っていた。


(夢じゃないのか)

そう思いたくなってしまうほど、悲惨な光景だった。

あれほど穏やかな風が通り抜け、子供たちのはしゃぐ声が木霊していた優しい場所は、無残なほどに荒れ果て、朽ち果てた地獄のような場所に変貌していた。




「……行こう。此処には誰も居ない。近くを調べよう」

隣の弥依彦が、小さな声でそう言った。

カヤは力の入らない足に鞭打ち、どうにか立ち上がった。

気を抜けば、歩く事はおろかその場に座り込んでしまいそうだった。