【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

何をする気かと見つめていると、祭壇に掛けられていた布を捲り、その下から小さな壺と布の塊を持ってきた。

「これ、俺が『コウ』の時に着る服」

バサッと渡された布を広げると、それは確かにコウが肩から掛けていた衣だった。

「んで、これは虫よけの薬」

パカッと壺を開けたコウは、中に入っていたトロみのある液体を手の甲に塗った。

「ほれ」

目の前に見せつけられた手の甲は、薬の成分のせいか少し褐色になっていた。

――――紛れもなく、コウの肌の色だ。


「……本当にコウなんだ」

呆然としながら呟く。

「なんなら脱いでやろうか?」

「い、いらないよ!」

茶化すような言葉に真っ赤になって首を振れば、コウが可笑しそうに笑った。

全くもって笑い事では無い。

顔をしかめたカヤは、ひとまずは深呼吸をして自分を落ち着けると、目の前のコウをじっと見つめてみた。

見知ったコウが、あの翠様の恰好をしている。
なんだかヘンテコな気分だ。

(嗚呼、でも違うのか)

単に、この国の神官様がコウの恰好をしていただけなのだ。


「……コウは、私を罰するの?」

カヤが静かに問いかけるとコウは、ふっ、と笑みを零した。

「本来なら罰するべきなんだろうけど、カヤには借りがあるからな」

「借り?」

そんなもの貸した覚えは無いのだが。

カヤが眉を寄せると、コウはゆっくりと笑みを取り去った。

「俺が未熟なばかりに、この国の実情に気付くのが遅れた。豪族は皆、先代から仕えてきてくれた者達ばかりでな……情けない事に疑いすらしていなくてな」

コウは意識的に淡々と話しているようだった。

しかしその声色に、己を責める感情が見え隠れしている事に気が付いてしまった。

「しかも、あの日カヤと会わなければ、今も気付いていなかったかもしれない。膳の行いを知れたのも、そして土地を一旦俺に返却させようと決心出来たのも、カヤのおかげだ」

「いや、そんな……私何もしてないよ」

カヤは恐れ多さに眉を下げた。

実際、自分は何もしていない。
寧ろコウに命を助けられたのは、こちらの方だ。

「だから、カヤは罰さない。と言うか罰せない」

ちょっとだけ笑って、コウはそう言った。

困った様なその笑顔は、とても先ほど村で見た翠様と同一人物だとは思えない。

コウはそう言ってくれているが、そんな顔をさせてしまったのはカヤだ。

喜ぶべきなのかどうなのかが分からず、カヤは喉から曖昧な返事を絞り出した。



「……そ、そう言えば、それならどうして私をここに連れてきたの?」

カヤは空気を変えようと、気になっていた疑問を口にした。

「ああ、実はカヤにお願いがあって」

「お願い?」

首を捻るカヤに、翠様は極軽い調子で言った。


「俺の世話役になってくれないか?」

そんな事を。



「…………はい?」

世話役?私が?あなたの?なぜ?

思考が停止するカヤをよそに、コウは話を続ける。

「今の俺の世話役はタケルなんだけどさ、これがまた信じられないくらい向いてないんだよ」

「は、はあ……」

「掃除を頼めば重要な書簡を捨てるわ、占いの神具の手入れを頼めば思いっきりぶっ壊すわ、何より暑苦しいわでさ。もうとりあえず誰でも良いから、違う世話役が欲しかったところなんだよ」

不本意ながら、その場面は容易に想像出来た。
確かにあのタケルが繊細な仕事に向いているとは思えない。