【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

ただ、非常に信じがたい事だった。

どうして一度も聞いたことがないはずの蒼月が、今、それを口にしているのだ。


「いち、ざんすい……の、きい……あらんこと、を」


――――――かつての翠が謳っていた、その言霊を。



次に何が起きるのか、本能的に悟っていたカヤは、咄嗟に蝋燭に眼を向ける。

一瞬の間の後―――――ぶわっ、と炎の背が異常なほど伸びた。


「う、うそ……」

言葉を失うと同時、背筋がぞくぞくと粟立つ。


全くもって同じだった。

翠が言霊を唱え、それに呼応するように祭壇の炎が伸びあがり、そして、そして、その後は。


「てんう、ふじょうまんをくだし……」


―――――神のお告げが、降りる。


「あらそいにふける、うんすい、ひがん……わたり、けり」


それが告げられた後、部屋には鼓膜が破れてしまいそうな静寂が訪れた。

「……そう、げつ……?」

とても幼子とは思えないような言葉を吐き落とした我が子を目の当たりにし、カヤは信じらないほどに動揺していた。


「ねえ、蒼月っ……も、もう一回言って……?」

「う?」

小さな肩を掴み必死に呼びかけるが、蒼月はキョトンとするばかり。

その表情があまりにも見慣れた蒼月の顔すぎて、尚更先ほどの様子が異常に思えて仕方無かった。


(絶対にお告げだった……でも、どうしてっ……?)

心臓が肋骨をバンバンと激しく叩くせいで、まともに考える事が出来ない。


今までそんな素振り一切見せなかったのに、急にどうしたと言うのだ。

それに、なぜ翠が唱えていたのと全く同じ言霊を口に出来るのだろう?

そんなもの教えた事なんて、一度も―――――


「……翠……?」

思い当たった一つの可能性に、カヤはハッと息を呑んだ。


いつも彼が蒼月を寝かしつける時に口ずさんでいた子守歌。

カヤには絶対聞かせてくれなかったが、もしやあれは言霊だったのではなかろうか。


(翠は、最初から蒼月を神官にさせるつもりで……)

きっと彼は繰り返し繰り返し、蒼月に歌い聞かせていたに違いない。

そうで無ければ、蒼月が知っているはずが無い。


そして蒼月は、翠の願い通り、たった今確かにお告げを口にしたのだ。



「そんなっ……」

思わず我が子を、ぎゅっと抱き締める。

この二年間、誰よりも近くに居たはずの蒼月が、突然何処か遠くへ行ってしまうような、強烈な不安感に襲われた。