手も付けられないほどに泣きわめく蒼月の機嫌をどうにか取り、家に戻ってきた頃にはすっかり夕方になっていた。

心身共に疲れて切っていたカヤは、その日の夕飯を簡単にすませ、いつもより早めに床に就いた。

とは言え、まあ素直に眠ってくれるような二歳児なら苦労もしない。




「蒼月ー……もう寝ようよー……」

楽しそうに玩具で遊ぶ我が子に向かって、カヤはげんなりと呼びかけた。

寝所に入ってから随分と時間が経ったと言うのに、蒼月は元気いっぱいだった。

子供の体力とは恐ろしいものである。

昼間あんなに泣きわめいたと言うのに、寝る気配がしない。一体どうなっているのだ。


こんなのいつもの事ではあるが、しかしカヤは考えずには居られなかった。

(……こんな時、翠が居てくれればなあ)

蒼月の寝かしつけが上手い彼が居れば、と、どうしても思ってしまう。


(本当なら今日も隣に居てくれたはずなのに……)

深く落ち込んだカヤだったが、それを振り払うように頭をブンブンと振った。

考えても仕方が無い。
いくら失言を呪ったって、時間は巻き戻らないのだ。

自分に言い聞かせたカヤは、気を取り直して勢いよく立ち上がった。

「よーし、蒼月!かかの言う事を聴かない子は、無理やりお布団に入れちゃうぞ……って――――蒼月?」

蒼月を抱き上げようとしたカヤは、ふと違和感に気が付いた。


先程まで夢中になって玩具で遊んでいたはずの蒼月が、じっと一点を見つめて、ピクリとも動かないのだ。


その視線を辿れば、そこには蝋燭が。

蒼月の手に届かないよう高い位置に置いてある蝋燭は、小さな炎を暗闇で揺らしている。


「どうしたの?」

カヤは蒼月の傍らに膝を付くと、その顔を覗き込んだ。

蒼月は瞬き一つすらしない。
虚ろに開かれた琥珀色の瞳の中で、橙色の光がチロチロと燃えていた。


「……蒼月?」

様子が可笑しい我が子に、カヤがそっと手を伸ばした時だった。


「――――みず、おりて……える、あかり。てんがえる、くだるみず」


ふわり、と。
その謎めいた言葉が、部屋の空気を一変させた。


どこかで経験したの事のある感覚。

言葉が波となって部屋中を駆け巡り、たおやかに身体を包み込むその心地よさを、カヤは知っていた。


「あまつこと、またず……てんけいは、しゅうすいに……いんす……」

小さな唇が、ぎこちなくも穏やかにそれを紡ぐ。
蒼月の眼は一心に炎に向けられたまま動かない。

間違いなかった。
なぜならカヤは何度も何度もそれを聴いてきた。