「蒼月っ……蒼月……!」

ああ、どうして一瞬でも眼を離してしまったんだろう。

最近良く動き回るから気を付けていたのに、なぜ今日に限って!


「……なんで居ないのっ……」

だと言うのに、何処を捜しても蒼月は見つからない。
途方に暮れたカヤは、遂に足を止めてしまった。

「っどうしよう……」

一旦戻った方が良いだろうか。
もしかしたら集落に戻っているかもしれない。

いやでも、もし森の奥に進んでいたら?

集落に戻っている間に、蒼月が手の届かない場所に行ってしまうかも―――――


ぞっと身震いをした時だった。


カサ、カサ、と草を踏みしめる音が耳に届いた。

「蒼月!居るの!?」

弾けるように音が聞こえた方角へ走ったカヤは、

「えっ……」

まさかの光景に仰天した。


森の奥から現れたのは、弥依彦だったのだ。
しかしカヤが驚いたのはそれだけが理由では無い。

弥依彦の腕にしっかりと抱かれているのは、あれだけ探し回ったはずの我が子だったのだ。

「蒼月っ……!」

慌てて駆け寄ると、弥依彦はすぐにカヤに蒼月を渡した。

蒼月の身体を裏表くまなく見たが、どうやら何処も怪我はしていないらしい。

それどころか、人の気も知らずにキャッキャッと笑っていた。

「よ……良かった……」

全身の力が抜けて、思わずその場にしゃがみ込むと、上から弥依彦の声が降ってきた。

「気を付けろよ。かなり遠くまで歩いて来てたぞ」

どうやら一人で森を突き進んでいた蒼月を、偶然弥依彦が見つけてくれたらしい。

「ごめん……本当にありがとう、弥依彦っ……」

カヤは心からの礼を言った。

「……じゃ、僕は行くから」

素っ気なく言って立ち去ろうとした弥依彦だったが、

「ひこー」

蒼月の指が、彼の衣をガシッと掴んだ。
おっとっと、と弥依彦が慌てて立ち止まる。

「な、なんだよ?」

「あそんでー」

「はあ!?」

戸惑う弥依彦そっちのけでグイグイと衣を引っ張る蒼月。

カヤは慌てて蒼月の腕を掴み、それを止めさせようとした。

「こ、こら、蒼月!放しなさい!」

「や!」

「や、じゃないの!駄目だよ!」

見た目よりも随分と強い握力に四苦八苦しながら、カヤはどうにか蒼月の指から弥依彦の衣を救出する事に成功した。

「いやー!あそぶー!」

しかしながら、それによって蒼月の機嫌は見事に損ねられた。

あっという間に顔を真っ赤にして泣き出した蒼月に、弥依彦が困り果てたように立ち尽くす。

「お、おい、どうすれば良いんだ僕は!?」

「ごめんっ、大丈夫だから!気にしないで行って!本当にありがとう!」

腕の中で身を捩らせて暴れる蒼月を宥めながら、カヤは必死に叫んだ。

弥依彦は当惑しながらも、カヤの言う通りすぐにその場を去って行ってくれた。