涼しい風が心地よい、秋の午後。
カヤは頬杖を付きながら、ぼんやりと座り込んでいた。

目の前では、蒼月が元気よく走り回っている。

二人は集落を囲む森の手前に広がる草むらに居た。

ここは蒼月お気に入りの草むらで、天気が良い日は二人で良く訪れる場所だ。



翠が集落を出て行って、今日で四日が経った。

本当ならば今日まで滞在するはずだったのに、あの言い争いの次の日、翠は突如屋敷に戻って行った。

皆には火急の用だと言っていたが、カヤだけは翠がとんぼ返りをした理由を良く分かっていた。


(……守れない言葉なら簡単に吐かない方が良い、か)

無言で激怒していた背中が、どうしても瞼にこびり付いて離れない。


"――――どうあっても、私は翠を信じる"

確かに、かつてカヤはそう言った。

力を失い、それを誰にも言えず、一人苦しんでいた翠に少しでも寄り添いたくて。


(言った、のに……)

それなのに、正に正反対とも言えるような事をしてしまった。


「はあ……」

大きな溜息と共に、立てた膝に顔を埋める。


翠が怒るのも当然だ。それは分かっている。

しかしカヤは、翠にあんな事を言った事実自体に後悔はしていなかった。


(だって、蒼月が神官になんてなれるはずが無い)

あれから四日も経って頭も冷静になったが、それでもやはりカヤの考えは変わらなかった。

だからこそ気が落ち込むのだ。

翠の頑固さはカヤは良く知っている。そして、自分の頑固さも。

互いに譲り合わなかった結果、翠は本当にカヤ以外の女性と子を成す事を考えるかもしれない。

―――――それを想像する度、自分で言い出した事のくせに、身が捩れるような不安感に叫び出したくなる。



はあ、ともう一度重い溜息を付いたカヤは、のろのろと顔を上げ、キョトンと目を瞬いた。

「……あれ……?」

先程まで目の前に居たはずの蒼月が居ない。


「う、うそっ……蒼月!蒼月!?」

慌てて立ち上がったカヤは、咄嗟に周囲を見渡した。

しかし目の前に広がる草原の中に、あの小さな姿は無い。

(まさか森に……)

さっと血の気が失せた瞬間、カヤは森の中に走り出していた。

「蒼月!返事して、蒼月ー!」

必死に我が子の名前を呼びながら我武者羅に走るが、返ってくる声は皆無。

焦りと動揺に頭の中が支配され、心臓が嫌な音を立てていた。

森の中は危険なのだ。

大人ならば何でもないような段差も、蒼月にとっては崖のようなもの。

万が一足を滑らせれば、大怪我では済まないかもしれないのに。