廊下の奥の方に、入口を布で覆われた一つの部屋が見えた。
両脇には細い松明が立てられており、今まで見た来た部屋とは明らかに違う雰囲気を醸し出している。
翠様はその部屋に近づくと、入口の布を手で退かしてカヤに入るよう促した。
(この部屋で罪人を裁くのか……)
暗い気持ちになりながら足を踏み入れたようとした時だった。
「翠様?」
訝し気なタケルの声が聞こえたため足を止めた。
「この者を私室に入れるのですか?」
その言葉に仰天したのはカヤの方だった。
(翠様の私室……?)
どうりでこんな屋敷の奥まった場所に位置しているはずだ。
しかしなぜ、不敬罪が掛けられているカヤを、自分の私室に?
「良いのだよ」
戸惑うカヤとタケルをよそに、翠様はそう軽く言ってカヤの背中を押した。
されるがまま部屋に足を踏み入れる。
部屋の中に入って最初に眼に飛び込んできたのは、立派に鎮座する祭壇のようなものだった。
良く分からない植物や、お酒、作物、占いに使うらしき神楽鈴などが供えてある。
後は物を書くようの小さな机、その横にうず高く積まれた書物、翠様が普段眠っているらしき寝床があった。
カヤの家に比べると、勿論広くて立派だが、思ったよりも質素な部屋だ。
翠様はスタスタと祭壇の前まで歩くと、敷いてある布の上に足を揃えて座った。
「カヤ、こちらへ座りなさい」
「あ、はい……」
そう促され、翠様の真正面に正座をする。
そして翠様は、未だ部屋の入口で立ち尽くしているタケルに向かって言った。
「タケル。すまぬが席を外してはくれぬか?」
その言葉にカヤもタケルもギョッとした。
「そ、それはいけませぬ!このような得体の知れない者を残して、席を外すなど……!」
慌てたように言うタケルに『得体の知れない者』と言われたカヤでさえも当然だと思った。
「この者と2人きりで話がしたいのだ。良いから席を外せ」
しかし翠様はピシャリと言い放った。
タケルはしばし迷う様子を見せたが、やがて渋々と言った様子で頷いた。
「っ、承知致しました……」
頭を下げ、ドスドスと言う大きな足音と立てて去っていく。
やがてその足音も聞こえなくなり、残ったのは静まり返った空間だけとなった。
しん、とした静寂が部屋を包む。
どうして良いのか分からないカヤは、膝の上で握りしめた自分の手を見つめるしかなかった。
目の前の人物に向かって言いたい事、聞きたい事がたくさんある。
けれど、果たしてそれを口にしてしまって良いのだろうか。
あの時確信はしたものの、もしかすると自分の勘違いなのでは無いだろうか?
(……うん。やっぱり、もう一度翠様の顔を良く見てみよう)
落ち着いて見てみたら、もしかしたら別人かもしれない。
そう決心し、カヤが意を決して顔を上げようとした時だった。
「……はー…」
翠様の方から、そんな気の抜けた溜息が聞こえた。
不釣り合いなその溜息に、カヤは眼を丸くしながら顔を上げた。
目の前の神官様は綺麗に正座していた足を崩し、そして胡坐を掻いた。
真っすぐ伸びていた背中からも力が抜け、そして怖いくらい完璧に形作られていたその表情が一気に人間味を帯びる。
見覚えのあるその態度、その表情に変わる過程を眼にし、言葉が出てこない。
「……久しぶりだな、カヤ。元気だったか?」
目の前の人物が口にしたのは、翠様の流れるような口調では無い。
確かに何度も耳にした、コウの声、コウの口調そのものだった。
「本当に、コウ……なの?」
確かめるようにそう問いかける。
翠様――――いや、コウは眉を下げて笑った。
「ははっ、まあこんな恰好じゃ信じられないよな。……ちょっと待ってろ」
そう言ってコウは唐突に立ち上がり、祭壇に向かった。
両脇には細い松明が立てられており、今まで見た来た部屋とは明らかに違う雰囲気を醸し出している。
翠様はその部屋に近づくと、入口の布を手で退かしてカヤに入るよう促した。
(この部屋で罪人を裁くのか……)
暗い気持ちになりながら足を踏み入れたようとした時だった。
「翠様?」
訝し気なタケルの声が聞こえたため足を止めた。
「この者を私室に入れるのですか?」
その言葉に仰天したのはカヤの方だった。
(翠様の私室……?)
どうりでこんな屋敷の奥まった場所に位置しているはずだ。
しかしなぜ、不敬罪が掛けられているカヤを、自分の私室に?
「良いのだよ」
戸惑うカヤとタケルをよそに、翠様はそう軽く言ってカヤの背中を押した。
されるがまま部屋に足を踏み入れる。
部屋の中に入って最初に眼に飛び込んできたのは、立派に鎮座する祭壇のようなものだった。
良く分からない植物や、お酒、作物、占いに使うらしき神楽鈴などが供えてある。
後は物を書くようの小さな机、その横にうず高く積まれた書物、翠様が普段眠っているらしき寝床があった。
カヤの家に比べると、勿論広くて立派だが、思ったよりも質素な部屋だ。
翠様はスタスタと祭壇の前まで歩くと、敷いてある布の上に足を揃えて座った。
「カヤ、こちらへ座りなさい」
「あ、はい……」
そう促され、翠様の真正面に正座をする。
そして翠様は、未だ部屋の入口で立ち尽くしているタケルに向かって言った。
「タケル。すまぬが席を外してはくれぬか?」
その言葉にカヤもタケルもギョッとした。
「そ、それはいけませぬ!このような得体の知れない者を残して、席を外すなど……!」
慌てたように言うタケルに『得体の知れない者』と言われたカヤでさえも当然だと思った。
「この者と2人きりで話がしたいのだ。良いから席を外せ」
しかし翠様はピシャリと言い放った。
タケルはしばし迷う様子を見せたが、やがて渋々と言った様子で頷いた。
「っ、承知致しました……」
頭を下げ、ドスドスと言う大きな足音と立てて去っていく。
やがてその足音も聞こえなくなり、残ったのは静まり返った空間だけとなった。
しん、とした静寂が部屋を包む。
どうして良いのか分からないカヤは、膝の上で握りしめた自分の手を見つめるしかなかった。
目の前の人物に向かって言いたい事、聞きたい事がたくさんある。
けれど、果たしてそれを口にしてしまって良いのだろうか。
あの時確信はしたものの、もしかすると自分の勘違いなのでは無いだろうか?
(……うん。やっぱり、もう一度翠様の顔を良く見てみよう)
落ち着いて見てみたら、もしかしたら別人かもしれない。
そう決心し、カヤが意を決して顔を上げようとした時だった。
「……はー…」
翠様の方から、そんな気の抜けた溜息が聞こえた。
不釣り合いなその溜息に、カヤは眼を丸くしながら顔を上げた。
目の前の神官様は綺麗に正座していた足を崩し、そして胡坐を掻いた。
真っすぐ伸びていた背中からも力が抜け、そして怖いくらい完璧に形作られていたその表情が一気に人間味を帯びる。
見覚えのあるその態度、その表情に変わる過程を眼にし、言葉が出てこない。
「……久しぶりだな、カヤ。元気だったか?」
目の前の人物が口にしたのは、翠様の流れるような口調では無い。
確かに何度も耳にした、コウの声、コウの口調そのものだった。
「本当に、コウ……なの?」
確かめるようにそう問いかける。
翠様――――いや、コウは眉を下げて笑った。
「ははっ、まあこんな恰好じゃ信じられないよな。……ちょっと待ってろ」
そう言ってコウは唐突に立ち上がり、祭壇に向かった。