【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

しかしながら彼は頑なにカヤを見ようとしない。

「なんであんな酷い事を言ったの!?今すぐ律に謝って!」

「……なんで謝る必要があるんだ。あいつは俺を憎んでるんだぞ」

「っだからって……!」

律の気持ちも考えず、彼女の存在そのものを否定するような事を言った翠が、どうしても許せなかった。

激しい憤りをぶつけようとしたカヤだったが、しかし翠の言葉がそれを遮った。

「全部あいつのせいだろ!」

翠の怒声が、春の静かな夜闇に響き渡る。

「あいつが神官になってれば、俺はわざわざ女の振りして神官なんかにならなくて良かったんだぞ!?あいつさえっ……あいつさえ普通に産まれていれば、俺はっ……」


―――――普通に産まれていれば。

頭を思い切り殴られたような衝撃を受け、カヤは後ろによろめいた。

身体中から力が抜け、気を抜けばその場に座り込んでしまいそうだった。


「……カヤ?」

あれほど強く腕を掴んでいたカヤの指が力無く離れて行ったので、翠は訝し気な表情を浮かべた。

カヤは、くるりと翠に背を向けると、スタスタと庭に向かって歩き出した。

「おい、カヤ……?」

後ろから戸惑ったような声が聞こえてきたが、カヤはそれを無視して、庭に置いてあった桶を静かに持ち上げた。

冬の間に桶の中に積もったであろう雪は水となり、ちゃぽん、と重たい音を立てている。


カヤはそれを手にしながら戻ると、

「うわっ!」

バシャンッ――――――!
翠に向かって勢い良く浴びせかけた。


「なっ……なっ……」

大量の水を被った翠は、濡れ鼠よろしく全身ずぶ濡れになりながら、驚愕に眼を見開いている。


「……頭冷えた?」

トン、と空になった桶を地面に置き、カヤは冷ややかに言い放った。

翠に対して、今まで感じたことの無いような怒りを感じていた。

きっといきなり姉が居ると聞かされ、動揺だってしていただろう。

神官として何度も苦悩し、律とはまた違う苦痛の道を歩んでもきただろう。

けれど、そうだとしても。

「二度と、神官"なんか"って言わないで。翠を敬っている人達に失礼だ」

翠には、絶対にそんな事を口にして欲しくなかった。



「……それにね」

ぽた、ぽた、と雫が地面を打つ音がする。

翠の髪から滴る水の音か。
それとも、カヤの顎から落下する涙の音か。


「見た目を選んで産まれる事が出来るなら、普通に産まれたいに決まってる。律も―――――私も」


艶やかに濡れる翠の唇が、ハッとしたように息を呑む。

「あ……俺……」

きっと翠は何かを言おうとしたけれど、カヤはふいっと顔を逸らした。