【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

律は翠に向き直った。

彼女はカヤとは違い、これっぽっちも泣いていなかったし、悲しそうな顔すらもしていなかった。

「私は、私を蔑ろにしたこの国が憎い」

そこに在ったのは、その身の内で長らく滾らせ続けてきたであろう激情だけ。


「故に、翠――――私は、お前も死ぬほど憎い」

この世で一番に近く、そして一番に呪わしく思う翠に向けた、憎悪の焔。

たったそれだけだった。


ああ、律はずっとそれだけを糧にして生きてきたに違いない、と思った。

己の運命を呪い、本来ならば自分が治めるはずであった国を呪い、そして血を分けた片割れを呪い――――息をするかのように、ずっとその悲痛な感情を胸に抱き続けてきたのだろう。

そんな悲しい事、あって良い筈が無かった。



思い切り怨歌を投げつけられた翠は、しばらく言葉を発さなかった。

ただただ、感情の無い表情を顔に貼り付けるのみ。

やがて真一文字に結ばれていた口が僅かに開かれた。

「……それは良かった。俺もお前が心底憎いよ」

唇から漏れ出たのは、傍観者であるカヤでさえ身体が強張ってしまうほどに、低い声だった。

翠は今まで見たことも無いような冷たな視線を律に向けたまま、静かに部屋の戸を指さした。

「出ていけ。俺の兄弟は―――――タケル一人だけだ」

それは、信じられないほどに無情な拒絶だった。


律はほんの一瞬、顔を激しく歪ませた後、そのまま勢い良く部屋を飛び出して行った。

「律!」

「追うな、カヤ!」

彼女を追いかけようとした足は、翠の鋭い声によって床に縫い付けられる。

翠は心底憎々し気に律が出て行った戸を睨みつけていた。

その手は、血が滲んでしまいそうほどに強く握りしめられている。

それに気が付いたカヤは、言葉を失って立ち尽くしてしまった。



「……すまない、皆。今日は此処でお開きにさせてくれ」

粗雑に言い放った翠は、律が出て行った戸とは反対側の戸から、足早に出て行った。

あまりにも剥き出しの翠の怒りを目の当たりにし、思わず呆けていたカヤだったが、やがて翠を追うべく慌てて部屋を飛び出した。


「翠!待って!待ってよ!」

翠は廊下から直接庭に降り立ち、既に門を潜ろうとしていた。

カヤの呼びかけに一切振り返りもしない翠の背中にどうにか追いつき、その腕を怒りに任せて引っ掴んだ。

「ねえ、翠ってば!」

ぐいっと腕を引っ張り、翠を身体ごとこちらに向かせる。