「はい。なんでしょうか」

カヤも一応翠様に体を向きなおし、少し緊張しながら返事をした。

「名はなんと申す?」

静かに降りて来た質問に、密かに眉を寄せる。
名乗らなくても、知ってるくせに。

「……カヤです」

「そうか、カヤ。実はお主に不敬罪の疑いが掛けられていてな」

さらりと説明され、カヤは一瞬耳を疑った。

「…………………はい?」

たっぷり黙った後、カヤがそう聞き返すと翠様はご丁寧にもう一度説明してくれた。

「不敬罪、だ。どうもお主が私を侮蔑した発言をしたという事を聞いたのでな。少し詳しく聞かせて貰いたい」

「はい!?いやいやいや、そんな事をするわけが……!」

慌てて勢い良く言い返そうとしたカヤは、同じくらい勢いよく口を閉じた。
噴き出した冷や汗が、背中を伝う。


(……いや、そういえばそんな事、したんだった)

つい先ほど『翠様なんて要らない』などと、本人が居るとは知らずに言ってしまった。

挙句『可笑しな国』とか『胡散臭い占い』とか、散々な事をあの日コウに向かって言った……気が、する。


真っ青になって黙り込むカヤに、翠様がニコリと可憐に微笑んだ。

「私の屋敷まで同行願えるだろうか?」

逃げられない、と悟ったカヤは観念した。

「……はい」

肩を落としながらゆっくりと頷く。

翠様は満足したように頷き、「着いてきなさい」と言って歩き出した。
そんな翠様の後ろを、カヤも重い足取りでとぼとぼと着いていく。

すぐにタケルも付いてきて、前を行く翠様の隣に並んだ時だった。


「……翠様!」

そんな声がカヤたちを追いかけてきた。
振り返ると、ミナトが片膝を付いたままこちらに顔を上げていた。

「その者は、このナツナを身を挺して救おうとした者でございます!膳の言うような盗みも働いてはおりません!」

焦ったような声。真剣な瞳。

見間違いでも、聞き間違いでも無い。
なんと、ミナトがカヤを弁護する言葉を吐いた。

カヤの後方で、翠様もタケルも黙ってミナトを見つめる。

「ですから、どうか、どうか、ご寛大な処置を……!」

そう言って深く深く頭を下げたミナトに、カヤは何度も瞬きを繰り返した。


(……信じられない)

あのミナトがカヤのために、翠様に向かって頭を下げている。


「うむ。その言葉、鑑みよう」

翠様ははっきりとそう口にし、また背を向け歩き出した。

「カヤ。来なさい」

その場に立ち尽くしていたカヤは、翠様の言葉に慌てて踵を返した。
その背を追いながら途中チラリと振り返る。


ミナトはこちらに向かって、ずっと頭を下げ続けていた。