ようやく事の重大さに気が付き始めたカヤは、暴れ出し始めた心臓を押さえながら俯いた。

―――――どうやらカヤ以外の全員が、近い将来に戦が起きると予想しているようだった。




「勿論、戦は避けたい」

翠がきっぱりと言った。

「ハヤセミは間違いなく俺たちがカヤを囲っていると睨んでくるだろうが、知らぬ存ぜぬで通す。その間に近隣諸国と和平交渉していくつもりだ」

現在、近隣諸国には翠やハヤセミの国ほどの国力は無い。

そのため、この国の豊かな自然やハヤセミの国の鉱物を目的として、無謀にもいずれかの国が攻め入ってきた事は、ここ百年ほどは無いそうだ。

寧ろ、いつ翠やハヤセミが攻め入って来るか、戦々恐々としている程だ。

とは言え近隣諸国にとっては幸いな事にも、翠は戦を好まないし、そしてハヤセミにも今の所その気は無いらしいため、現状近隣での小競り合いは発生していない。

しかし、いずれかの国がハヤセミの国と手を結びでもすれば、翠の国は攻め滅ぼされるだろう。

翠はそうなってしまう前に、今のこの危うい均衡を、確固たる和平で固めてしまうつもりのようだった。



「我が国の領土拡大の機は潰えるが、今は戦を起こさない事が最優先だ。上手く事が運べば、ハヤセミも盟約を交わさざるを得ない状況になるだろう」

近隣諸国からすれば、圧倒的な国力の差を持つ翠の国が自ら不可侵の盟約を持ち掛けてくる事は、願ってもいない申し出とも言える。

恐らく翠の交渉に有り難く乗ってくるだろう。

そして翠の国と全ての近隣諸国が順調に盟約を結び終われば、ハヤセミの国は完全に孤立する。

そこまで行けば、翠の勝ちだ。

近隣諸国を全て敵に回すくらいならば、歯噛みしながらも翠の和平交渉に応じる可能性が高い。


「それに和平交渉をきっかけに新たな交易路を拓けるかもしれない。そうすれば領土に勝る旨味もある」

確かに、今各国との交易はほぼ皆無に近かった。

だが一度路を作ってしまえば、農業が盛んな翠の国は穀物を売る事で、まとまった財源を確保する事が出来るのだ。


――――しかしながら、のんびりとその交渉を行っている暇は無い。

「……三年で、それら全てが達成出来るでしょうか」

タケルが言った。

そう。翠には時間が無いのだ。

翠は高官達に、あと三年のうちにこの国を神官という存在なくとも生きていける国にすると宣言した。

三年後の時点で和平交渉が中途半端な状態ならば、今度こそ桂は翠の退任を要求してくるだろう。