「と言う事は、貴方はこの近くに住んでいるんですか?」
「そんな所だ」
素っ気ない答えだったが、カヤは何故だか自分が安堵している事に気が付いた。
「そう……それは良かった」
そんな言葉が、するりと口から出てくる。
驚く事に、どうやらそれは偽りの無い本心のようだった。
「良かっただと?」
耳を疑う、とでも言うように、膳が顔をしかめた。
「今、良かったと言ったか?わしはお前を殺そうとしていたのだぞ?憎むならまだしも……一体どういうつもりで言っておるのだ?」
怒涛のように責められ、カヤは思わずたじろいだ。
「た、確かに、それはそうなんですけど……」
カヤは、どうして『良かった』などと自分が口にしてしまったのかを、一瞬考えこんだ。
だが、長い間物思いに耽る必要は無かった。
答えは単純明快だった。
カヤは、"膳"と言う人間が持つ意志を、嫌いになれなかったのだ。
「そのー……貴方は、まあ私を殺そうとしましたし、全ての行いが正しかったとは言い難いですけど……翠様への忠誠心は見事なものでした。私には到底、真似出来ません」
"―――――必ず汚れ役となる者が必要となる。私は、あのお方に変わり、自らそれを引き受けていただけの事"
かつて膳は、己の罪の理由をそう口にした。
豪族の財こそが、この国の、ひいては翠の繁栄に繋がるのだ、と。
だからこそ、己の清廉を犠牲にしてまで、悪事に手を染めたのだ、と。
"―――――私は守らねばなるまい。家族と、ここまで仕えてくれた臣下と、そして……翠様を"
あの時、鋭い切っ先はカヤを向いていたけれど、膳の行く末は確かに翠を向いていた。
歪とも言えるその忠誠心に、きっとカヤは意に反して感嘆してしまっていたのかもしれない。
「あれだけ翠様の事を思っていてくれた貴方が生きていて、本当に良かったと思っています。ここで会えたのも何かの縁。翠様に変わって礼を言います。あの方に長年仕えて下さって、ありがとうございました」
カヤは深々と頭を下げた。
殺されかけた相手にお礼を言うのもヘンテコな話だが、それでも全てを失ってまで翠に仕えようとした膳は、素直に凄い。
それに、きっと翠なら同じ事を言うだろう。
「お主は……」
頭上からそんな声が聞こえ、カヤはゆっくりと頭を上げる。
目の前の膳は、驚き半分、呆れ半分の奇妙な表情を浮かべていた。
「お主は馬鹿なのか……?」
唖然としたように膳が呟いた。
「たまに大馬鹿なんだ」とは、完全に呆れ返った様子の律の言葉だ。
味方のはずなのに、酷い言い草である。
「そんな所だ」
素っ気ない答えだったが、カヤは何故だか自分が安堵している事に気が付いた。
「そう……それは良かった」
そんな言葉が、するりと口から出てくる。
驚く事に、どうやらそれは偽りの無い本心のようだった。
「良かっただと?」
耳を疑う、とでも言うように、膳が顔をしかめた。
「今、良かったと言ったか?わしはお前を殺そうとしていたのだぞ?憎むならまだしも……一体どういうつもりで言っておるのだ?」
怒涛のように責められ、カヤは思わずたじろいだ。
「た、確かに、それはそうなんですけど……」
カヤは、どうして『良かった』などと自分が口にしてしまったのかを、一瞬考えこんだ。
だが、長い間物思いに耽る必要は無かった。
答えは単純明快だった。
カヤは、"膳"と言う人間が持つ意志を、嫌いになれなかったのだ。
「そのー……貴方は、まあ私を殺そうとしましたし、全ての行いが正しかったとは言い難いですけど……翠様への忠誠心は見事なものでした。私には到底、真似出来ません」
"―――――必ず汚れ役となる者が必要となる。私は、あのお方に変わり、自らそれを引き受けていただけの事"
かつて膳は、己の罪の理由をそう口にした。
豪族の財こそが、この国の、ひいては翠の繁栄に繋がるのだ、と。
だからこそ、己の清廉を犠牲にしてまで、悪事に手を染めたのだ、と。
"―――――私は守らねばなるまい。家族と、ここまで仕えてくれた臣下と、そして……翠様を"
あの時、鋭い切っ先はカヤを向いていたけれど、膳の行く末は確かに翠を向いていた。
歪とも言えるその忠誠心に、きっとカヤは意に反して感嘆してしまっていたのかもしれない。
「あれだけ翠様の事を思っていてくれた貴方が生きていて、本当に良かったと思っています。ここで会えたのも何かの縁。翠様に変わって礼を言います。あの方に長年仕えて下さって、ありがとうございました」
カヤは深々と頭を下げた。
殺されかけた相手にお礼を言うのもヘンテコな話だが、それでも全てを失ってまで翠に仕えようとした膳は、素直に凄い。
それに、きっと翠なら同じ事を言うだろう。
「お主は……」
頭上からそんな声が聞こえ、カヤはゆっくりと頭を上げる。
目の前の膳は、驚き半分、呆れ半分の奇妙な表情を浮かべていた。
「お主は馬鹿なのか……?」
唖然としたように膳が呟いた。
「たまに大馬鹿なんだ」とは、完全に呆れ返った様子の律の言葉だ。
味方のはずなのに、酷い言い草である。
