【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

驚きの再会に成す術も無く呆ける二人と違い、律の動きは大変に素早かった。

「動くな」

立ち尽くす膳の首に一瞬で苦無を突き付け、律は脅すように言う。

「カヤ。こいつは敵か?今すぐ殺すが、構わんな」

律は既に決定事項のように言ってのけ、膳の首筋に苦無の刃をぐっと押し当てたので、カヤは飛び上がった。

「待って!待って待って!殺しちゃ駄目!」

慌てて律の腕ごと抑えると、彼女は怪訝そうに眉を寄せた。

「何故だ?カヤが此処に居る事を知られるのは拙いぞ」

「そ、そうかもしれないんだけど!お願いだから殺さないで!ひとまず翠を呼ぼう!ね!?」

このままでは、虫でも殺すような気軽さで、律は膳を殺めてしまうかもしれない。

死にもの狂いで訴えると、律は不服そうな顔をしながらも「分かった」と頷いてくれた。

律は、懐から取り出してきた縄で膳を縛り上げた後、指笛を鳴らした。

ピィ―……と言う甲高い音が、冷たい空気を伝って森中に響く。

「少ししたら戻って来るだろう」

「そうだね」

ふう、と胸を撫で下ろす。

ひとまず目の前で膳がスパっと切り裂かれてしまう現場は見ずに済みそうだ。


カヤは、がっちりと身体を拘束され、地面に座らされている膳をチラリと見やった。

一時に比べれなかなり痩せた。
しかし、やつれた、と言うよりも健康的な痩せ方をしている事にすぐ気が付いた。

農作業でもしているかのか、心なしか肌も日焼けしている。

それに、着ている衣は豪華絢爛とは程遠いものの、きちんと手入れもされ、清潔そうだ。


翠のため、と言ってカヤを葬ろうとし、結果的に国外追放の刑を受けてしまった膳。

そんな生きているのかも死んでいるのかも分からなかった膳が、思ったよりもずっと元気そうな姿だった事に、カヤは非常に驚いていた。

――――膳は、一体どこでどうやって生きていたのだろうか。


当たり前の疑問が湧いてきた時、

「……お主はこのような所で何をしている?」

同じく今の状況に疑問しかないであろう膳が、静かに問いかけてきた。

「いえ、まあ、色々と訳有りで……」

一から話せば夜が明けてしまいそうだ。
お茶を濁しつつ、カヤも膳に同じ事を尋ねた。

「そう言う貴方こそ、何故こんな所に?」

砦からかなり離れたとは言え、この辺りはまだ翠の国に入っているか入っていないかの地帯のはずだ。

こんな所を、しかもこんな夜中に一人でウロウロするなんて、物好きにも程がある。

「……わしは、何やら砦の方が騒がしいから、様子を見に行く所だっただけだ」

そう言って膳は、カヤを通り越して遠くの空を見つめた。

振り返れば、確かに砦の方角の空が僅かに橙色に染まっている。

律が起こした爆破による炎がまだ消えていないのだろう。