【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「ああ、私を山奥に追いやって下さった母親殿が置いていった物だ」

何てことだ。
カヤは余計に墓穴を掘ってしまったらしい。

しまった、と言う気持ちが思い切り顔に出ていたらしく、律はカヤの顔を見るなり吹き出した。

「何て顔してるんだ。幼い頃の話だし、もうほとんど顔すら覚えてないさ」

神妙な顔つきのカヤとは対照的に、ケラケラと笑った律は、ふ、と薄い微笑みを浮かべた。

「……それに、そのお陰で今こうして細作のような真似事が出来ているのだから、そこだけは母親殿に感謝せねばな」

そう言った律の横顔があまりにも儚いので、カヤは言葉に詰まってしまった。


幼い頃に育ててくれた人が居た、と律は言っていたが、その言い方から察するに、乳母のような人なのだろう。

寂しい山奥に幼子を隠し、家族では無い人物に育てさせてしまったせめてもの詫びに、と、律のお母様は大量の書物を与えたのかもしれない。


(……どんな気持ちだったんだろう)

偉そうなことは決して言えないし、勿論お母様の決意を全否定出来るわけでも無い。

だが今のカヤには、我が子と離れ離れになる事は身を引き裂かれるような辛さなのだろう、と想像する事が容易かった。

きっと、弱い自分にはそんな決断は出来ない。


複雑な気持ちで膝を抱いていると、ふと律がピクリと肩を揺らした。

彼女は、カヤの右手側の木立の群れに顔を向け、じっと暗闇を見据えている。

「律……?」

「静かに」

音も無く懐から苦無を取り出し、律が何かからカヤを庇うように立ち塞がった時だった。

その音は、ようやくカヤの耳にも届いた。


ガサガサ、と木々を掻き分ける音。
そしてザク、ザクと固い雪を踏みしめる音。


カヤはギクリと身を強張らせた。
誰かが明らかにこちらに近づいてきている。

(まさか、砦の追手っ……?)

恐怖で固まりながら、カヤは咄嗟に立ち上がりかけた。



「誰かおるのか?」

想像していたよりも年を召した声と共に、暗がりからその人物が姿を現した。


初老、と言っていい年齢の男だった。
ざんばらの髪は後ろで簡単に結われており、質素な衣を身に纏っている。

かつては幸福の象徴にように丸みを帯びていた頬や、腹は、すっきりと肉を落としていた。


「―――――――ぜ、膳……?」


目の前に現れた元豪族の男に、カヤは我が眼を疑った。

膳もまた、カヤを見止めた瞬間に、あんぐりと口を開ける。

「お、お前はっ……翠様の……」

なんて事だ。
まさか膳が生きているとは夢にも思っていなかった。