【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「翠様。こいつ、昼間にも腹の痛みでぶっ倒れてて……」

カヤの前を進んでいたミナトが、こちらに引き返して来ながら気づかわし気に言った。

「ぶっ倒れた?倒れるなんて、よっぽどじゃないのか?」

翠が仰天したような表情を浮かべた。

「分かんない……どうなんだろう……」

生憎こちとら初めての懐妊である。

腹に子が居るとぶっ倒れてしまうほどの腹痛に襲われてしまう事が普通なのか否か、さっぱり分からなかった。

無論、翠だって分からないし、ミナトだって分かるはずも無い。

カヤ達が困り果てていると、その様子を見ていた律が口を開いた。

「極度の緊張や激しい動きをすると、腹が張る事があるそうだ。大体は安静にしていれば収まる」

三人は一斉に律を振り返った。

「……律、詳しいの?」

「詳しいと言う訳でも無いが、人体に関する医書は一通り読んだ事がある」

「え?医務官でも目指してたの?」

「いや、別に。暇だったから読んでみただけだ」

さらりと答えた律に、カヤはあんぐりと口を開けた。

一度、医務官見習いであるユタに興味本位で医書を見せて貰った事があるが、とてもじゃないが暇つぶしに見れるような代物では無かったのだが。

(もしや私のオツムが足りないだけ……?)

いやでも、一緒に居たナツナもミナトも一瞬で読むことを諦めていたので、出来れば違うと思いたい。


「ひとまず、今のカヤをあまり歩かせるのは良くないだろうな。安全かつ、ゆっくりと横になれる場所を捜すべきだ」

律の提案に頷いた翠は、心配そうな表情でカヤの背中に手を当てた。

「カヤ、ここで待っててくれ。近くに休めそうな場所が無いか探してくる」

申し訳ない気持ちで頷けば、律が言った。

「では私はカヤに付いて居よう」

途端、翠が訝し気に眉を寄せた。

「女。お前は俺と来るんだよ。お前にカヤを任せられるか」

「ああ?」

苛、としたように律が顔をしかめる。

二人の間に、バチバチッと激しい火花が散った気がし、カヤは慌てて間に割り込んだ。

「す、翠!私、律と待たせてもらうよ!律なら私の体の事にも詳しそうだし!」

「翠様。この者の腕の良さは、俺が保証します」

何かを察知してくれたらしいミナトも念を押してくれた。

二人がかりで説得されてしまった翠は、むっつりと律を睨み付ける。

「……死んでもカヤを守れよ」

ぼそりと言った翠に、律が鼻で笑った。

「少なくともお前よりは守れると自負している」

「何処からその自信が湧いてくるのか甚だ疑問だな」

ひやひやするような会話を交わし、やがて翠は仕方無さそうに踵を返した。

「タケル、ミナト。それから弥依彦殿も……すまないが手伝ってくれ。おい、女。何かあったらすぐに合図しろよ」

律にそう言い残し、翠達は暗闇へと消えて行った。

ふう。
カヤは大きく安堵の息を吐いた。

ああ、心臓に悪すぎる。まるで水と油のような二人だ。