【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「分かった」

何の躊躇も無く高く上げられた剣が、勢いよく振り下ろされる――――直前で、カヤは無我夢中で飛び出していた。

「駄目!」

「お待ちを!」

二つの声が全く同時に重なった。

翠の目の前に両手を広げて立ち塞がっていたカヤは、もう一つ聞こえてきた自分以外の声の主を振り返った。

「え?」

「ん?」

なんとカヤの背後では、タケルが身を投げ出すようにしてミナトを庇っていた。


カヤとタケルが唖然としたまま互いに見つめ合っていると、

「……っふ、ははは!」

唐突に翠が笑いだした。

翠は可笑しそうに肩を揺らしながら、振り上げた状態だった剣を鞘に戻す。

「いや、悪かったな。少しミナトの覚悟を試させて貰っただけだ。それにしても……絶対庇ってくるとは思ったけど、本当に二人とも予想通りの行動してくれたな」

何がそんなに面白いのか、未だに笑いが止まらない翠を見て、カヤは怒りと安堵の溜息を付いた。

酷すぎる。それならそうと言って欲しかった。
おかげで寿命が縮んだでは無いか。


「き、斬らないのですか……?」

信じられない、と言うようにミナトが尋ねた。

「お前を斬ったら、俺の方がカヤとタケルに斬られてしまいそうだ」

冗談めいたように肩を竦め、翠はミナトに手を差し出した。

戸惑いながらもその手を取ったミナトを、翠がぐいっと引っ張り立たせる。


「なあ、ミナト。今この二人がお前を庇ったのは、お前が今まで築いてきた意志の結果だ」

カヤとタケルをちらりと見ながら、翠は言う。

「それを途切れさせるような事は出来ない。これからは何のしがらみも無く、お前らしく、お前の道を生きろ」

大きく眼を見開いたたミナトは、ゆるゆるとカヤとタケルに顔を向けた。

一生の別れを吐いた唇を、ぐっと噛んで。
そしてその眉を、くしゃっと歪めて。


「……ありがとう、ございますっ……」

深く深く頭を下げたミナトの足元に、ぽたりと雫が落ちた。

それはたった一滴だったけれど、乾ききっていたであろう彼の半生に、瞬く間に潤いを与えるであろう一滴だった。



いつの間にか雄々しく男泣きをしていたタケルが、腰を折り続けるミナトの背中を、ぽん、と叩いた。

そして導かれるようにして顔を上げたミナトの肩を、しっかりと抱く。

眼を見合わせたタケルとミナトは、小さく頷き合い、そして笑った。

二人並んだその姿が、何だか翠よりも兄弟らしく見えて、思わずカヤも笑う。

翠もまた温かな微笑みを浮かべ、二人を見つめていた。