【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

もう一度固く抱き合った二人は、やがてゆっくりと離れた。

微笑みながらカヤの顔を袖で拭った翠は、ふと真面目な顔になってミナトに身体を向けた。

「……さて、ミナト。カヤを帰してくれた事は礼を言う」

打って変わったような厳しい声。
ミナトがその場に膝を付き、こうべを垂れた。

黙ったままのミナトに、翠は険しい表情のまま歩み寄る。

「だが、お前は取り返しの付かない事をした。けじめは付けなければ」

息を呑んだのはカヤだけだった。

タケルも、律も、そしてミナトも、まるで翠がそう言うだろうと分かっていたかのように、静かにこの状況を受け入れていた。

「覚悟は出来ております」と、ミナトは精悍な様子で頷く。

「何か言い残した事があるなら聴くが」

「……では、少しだけ発言をお許しください」

「分かった」

ミナトは伏せていた眼を上げ、カヤを見上げた。

不自然なほどに落ち着き払った眼。
今から起こるであろう事を、何も感じさせないような。

「琥珀。色々と辛い目に合わせて悪かったな。出来の悪かった幼い俺に懐いてくれて、本当に感謝してる。どうか元気な子を産んで、翠様と共に幸福に生きてくれ」

別れの言葉にしては、やけに簡素だった。

わざとかもしれない。

なぜならミナトの瞳は笑みを浮かべていたけれど、泣きそうに揺れていたから。


「それから、タケル様」

無念そうな表情で俯いていたタケルは、驚いたように顔を上げた。

師と仰いだタケルに向かい、ミナトは深々とかしずく。

「幼い頃よりずっと育てて下さった御恩を裏切るような真似をして、大変申し訳ございませんでした。強く、真っ直ぐな貴方様は、いつでも私の目標であり、追い越せない存在でした。どうかこれからも、あいつ等を……屋敷の者達を頼みます」

丁寧に感謝を紡いだミナトだったが、言葉を途切れさせた後、遂に堪えきれなかったように俯いた。

「……あの時、"本当の弟のように思っていた"と仰って下さって……嬉しかったです」

ぽつり、と、頼りないほどの小さな呟き。

心臓が鷲掴みにされたかのように痛んだ。

それはカヤが攫われる時に、炎の向こうでタケルがミナトに投げかけた言葉だった。

(ああ、きっとミナトもなんだ)

ミナトもまた、タケルを兄のように慕っていたに違いない――――――



「翠様、どうぞお願いします」

下を向いたまま言ったミナトに、翠がすらりと剣を抜いた。