【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「良いぞ!」

二人がかりで襲われている細身の人物が快活に言った。

彼はなんとも驚くべき身軽さだった。

次から次に振り下ろされてくる二本の刃を、ひらり、ひらりと器用に避けている。

「く、くそっ……なんだこいつ!」

あまりにも当たらないせいで、焦った兵の動きが徐々に乱れて行く。

そうして出来た一瞬の隙を付き、その人物が片方の兵の腹に峰打ちを打ち込んだ。

ドガッ―――重たい音がして、兵がガクリと膝を付く。

咄嗟に狼狽えたもう片方の兵に、細身の人物が間髪入れずに強烈な峰打ちを叩きこむ。

二対一の攻防はあっという間に片が付いた。

「こっちは終わったぞ!」

細身の人物が叫んだ時、また一人の兵が、大きな図体の人物による体当たりで打ちのめされた。


「こっちもだ!よし、逃げるぞ!」

丁度、最後の兵の脳天に蹴りを食らわせ終わった律が叫ぶ。

「付いてこい!」

細身の人物に先導され、カヤ達は目の前に広がる森に逃げ込んだ。

真っ暗な木々の間を走り抜け、やがてかなり砦から離れたであろう場所で、一向はようやく足を止めた。

「さすがに……ここまで来れば、大丈夫だと思います……琥珀、下ろすぞ」

息を乱しながら言ったミナトは、カヤをゆっくりと下ろす。

地面にそっと降り立った瞬間、二人組の細身の方の人物が、被っていた布を勢いよく取り去った。

「カヤッ……!」

そうして現れた、たおやかな笑顔に呼吸の仕方を忘れる。

「す、いっ……」

もうその時には、翠はカヤに腕を伸ばしていたし、カヤも翠の腕を伸ばしていた。

「カヤ!」

「翠!」

無我夢中で、その胸の中に飛び込んだ。

「すいっ、翠っ……翠……」

必死に翠を掻き抱いて、そして掻き抱いた腕ごと、ぎゅうっと抱きしめられる。

驚くほどの速さで、全身を嬉しさが駆け巡っていった。

「っあ、会いたか、たっ……」

翠の身体だった。翠の腕だった。翠の香りだった。翠だった。

(ああ、わたし今、翠に触れている)

あれだけ望んだ翠に、望むまま。


「……良く頑張ったな」

そうやって後頭部を撫でるから、今までどうにか立ち続けていた心は、くしゃくしゃに崩れてしまった。

ずっと頭を占めていた恐怖、不安、絶望と言った陰鬱で複雑な感情が、翠の指によって優しく溶かされていく。

さらさらと落ちて行って、そしてそこに残っていたのは曇りの無い、一つの思いだった。

翠だけ。
たった一人、翠だけに向ける、愛おしい気持ちだけだった。