【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

(……弥依彦……)

哀れとも言えるその姿を目にした瞬間、女官長の悲しそうな表情が瞼に浮かんだ。


"――――お可哀想な弥依彦様……元を辿れば、あの方は何も悪くないでしょうに"

亡き前王がもう少し弥依彦に対して違う接し方をしていれば、謀反など起こらなかったかもしれない、と彼女はそう嘆いていた。



「ごめん!待って!」

いきなり叫んだカヤに、ミナトは仰天したように声を上げた。

「はあ!?」

「お願い、少しだけっ……ちょっと下ろして!」

ジタバタと暴れると、ミナトは慌ててカヤを降ろした。

地面にしっかりと着地したカヤは、柵を握り締めている弥依彦に向かって歩を進めた。

「クンリク……」

無言で向かってくるカヤに、弥依彦が唖然としたように呟く。

カヤは柵を挟んで弥依彦のほんの目の前に立つと、慄いているその眼を真っ直ぐに見据えた。

「ずっと此処に閉じ込められていたそうですね」

全く持って好きになれない目の前の男を、憎々しい思いで睨む。

「一人になる怖さが分かりましたか?貴方の父親に、私の両親は殺されたんです」

唸る様に言えば、ぐっと口ごもった弥依彦が、カヤから視線を逸らした。


「……でも貴方に罪は無い」

カヤの言葉に、下を向いていた弥依彦が怪訝そうに顔を上げた。


(嫌いな事には変わりないけど、この人も私と同じだ)

産まれ落ちた瞬間から性根が悪い人間なんて存在しない。

弥依彦のこの横暴な性格は、結局は育った環境、過程によるもの――――亡き前王の影響が全てだ。

ただただ産まれ育った場所がこの砦だったために、弥依彦はこんな地下牢に閉じ込められているのだ。

腐っても王族。あの親じゃなければ、この男はもっと王座に着くにふさわしい人間になっていただろう。

「悔しいけど貴方の父親は王としての手腕は見事でした。貴方にも列記としたその血が流れています」

カヤも、翠も、弥依彦も、そして産まれてくる腹の子も。

(私達はみんな、産まれてくる場所を選べない)

選べないからこそ、せめて産まれ持ったその血を誇れるように生きる努力をすべきなのかもしれない。


「だから、ちゃんと己の足で立って、正しく生きて下さい」

歯を食いしばりながら言ったカヤは、くるりとミナトを振り向いた。

「ミナト、さっきの鍵の中に牢の鍵はある?」

「……お前の馬鹿さ加減には驚かされるわ」

そう言いつつも、ミナトは既に牢の鍵を用意してくれていた。

手早く開錠して扉を開け放つと、弥依彦は恐る恐ると言った様子で中から出てきた。

にわかに信じられない、と言うような表情でカヤを見つめている。

カヤも未だに自分が信じられなかった。
よもや弥依彦を助けようと思える日が来るとは。


「よし、琥珀!行くぞ!」

その声と共に、カヤは再びヒョイっと抱き上げられた。