月の綺麗な宵だった。

陽の当たる日中は少しずつ温かくなり始めているが、やはり朝と夜は酷く冷え込む。

鉄格子の隙間から夜空を見つめていたカヤは、はあ、と息を吐いた。

呼気が白い煙となって空気中に溶けていく。

それをぼんやりと見つめながら、カヤはひたすらに、じっと待っていた。


『合図するから部屋で待ってろ』

あの後、そう言ったミナトはカヤを部屋に送り届けて、すぐに何処かへ行ってしまった。

どれだけ忙しくても必ず顔を出していた夜の食事の時にも姿を現さなかったので、ハヤセミは少し訝し気だった。


(……本当に逃げれるのかな)

ミナトに言われたので、一応荷造りとは言い難い荷造りは済ませたが。

もし途中でハヤセミにでも見つかったら―――――そう思うと、ぞっと背筋が冷える。

あの男の冷笑が頭に浮かび、それを必死に振り払っていると、ふと昼間の会話が思い出された。



"―――――貴女は、私の弟を好いているのではないのですか?"

(一体どういうつもりで言ったんだろう)

まるでカヤにミナトを好いていて欲しかった、とでも言うような顔だったような―――――


突然、目の前が空が明るく光った。

一瞬遅れて、ズズー……ン……と言う大きな音。
砦の床がグラグラと振動した。


「な、何っ……!?」

慌てて窓から外を見やると、何やら兵達が慌ただしく右側に走っていくのが見えた。

鉄格子に顔を押し付けて右の方を見ると、もくもくとした大きな煙の塊が風に乗って漂ってきていた。

そしてまた、ピカッ!と言う光と、先ほどのズズーン……という音。

明らかに何かが爆発していた。

(何が起きてるのっ……?)

長年砦に居たが、こんな事は一度も無かった。

心臓がドキドキし始めてきて、不安になっていると、

「琥珀!待たせたな、来い!」

息を切らせたミナトが部屋に飛び込んできた。

何があったのかを聞く間もなく、ミナトは両手でカヤの身体を抱き上げると、寝台にあったカヤの荷物を引っ掴み、一瞬で部屋を飛び出す。

廊下を全力疾走するミナトの首にしがみ付きながら、カヤは必死に聞いた。

「ね、ねえ!さっきの音は何!?爆発みたいに聞こえたんだけどっ……」

「律の合図だ!あいつが砦の入口を爆破させた!そっちに兵を集めてる間に、今のうちに地下から逃げる!」

ミナトがそう説明している間にも、遠くの方でまた爆発音が聞こえた。

パラパラ……と上から岩の欠片が降ってくる。
カヤは更に心配になってしまった。

「律は大丈夫なのっ……!?」

「ああ!地下で落ち合う手筈になってる!」

爆発の現場に人が集まっているのか、廊下には人っ子一人居なかった。

ミナトはカヤを抱きながら、砦の階段を足早に下って行く。