【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

勝手に口付けされたかけた事は衝撃だったが、隙があったカヤにも責任はある気がする。

それに何といっても、奇跡的に未遂で終わっているのだ。

ミナトもここまで謝ってくれているのだし、出来れば水に流したい。

「いや、あの、私こそボロクソに言ってごめんなさい」

動揺したとは言え、先ほど結構な悪態を付いてしまった。

カヤが頭を下げた瞬間、大きな手のひらに、がしっと額を掴まれ、ぐぐぐっ、と顔を上げさせられた。

「言われるだけの事はしたんだから、お前は謝んな」

真剣な表情でそう言われ、思わず素直に頷く。

「よし」と言ったミナトは、パッとカヤの頭から手を離した。

「ひとまず俺のぶっちゃけ話はこれで終わりだ。はー、すっきりした」

わざとらしく明るく言って、ふう、と一息付いたミナトは、ふと真面目な表情でカヤを見つめてきた。

「まあ結局ユタに邪魔されて、はっきりしないままズルズルと此処まで来ちまったんだけど……でも、今日のお前と翠様を見て確信したわ」

「……何を?」

「俺がお前を思う気持ちと、翠様がお前を思う気持ちは違う。気持ちの強さとか大きさとか、そう言うんじゃなくて。根底が、全然」

ミナトの言っている事は輪郭が曖昧で、カヤには良く分からなかった。

けれど真っ直ぐに見つめてくるその眼差しは、とてもはっきりとしていて、清々しい。

ずっと彼を分厚く覆っていた"迷い"と言うものが、驚くほど綺麗に拭い去られている事に気が付いた。


「それでも俺は、お前が大切な事には変わりない。さっきも言ったけど、お前と腹の子を守っていく自信もある。お前が望むなら、一生」

ミナトは腰を落とすと、地面に片膝を付いた。

カヤに向かって跪き、そして大きくて無骨なその右手を、そっと差し出す。

「この手を選ぶも選ばないも、琥珀が決めてくれ。迷わなくて良い。お前はもう自由に、何処へだって行ける」

きっと、どうあっても守ってくれるその右手が、ほんの目の前に在った。

何度もカヤの頭を撫で、抱きしめ、声を取り戻してくれた、優しいミズノエの手が。

そして、その手の持ち主の向う側には、雄大で荒々しい自然が何処までも広がっていた。

ちっぽけなカヤが足を踏み出せば、あっという間に呑まれ、影も形も無くなってしまうだろう、果ての無い世界が。


安寧と苦難。
残酷な程にはっきりと分かれている二本の道の上に、カヤは立っていた。