【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

きっと彼らからしたら、ミナトは接しやすいのだろう。

ミナト本人からしたら良い迷惑かもしれないが、それはとても良い事だと思った。

崇高な雰囲気を纏っているために、民からすればなかなか話しかけ辛いだろう翠と比べると、ミナトが持っている、くだけた空気と言うものは、彼にしか無い良さだ。


やがて階段の先から、冷たい空気が流れ込んできた。
上を見上げれば、四角く切り取られた青が見える。

――――――空の色だ。



「……わあ」

階段を登り切った先に待っていた景色を見て、思わず感動の声が漏れた。

二人は砦のてっぺんである崖の頂点に立っていた。

眼下に広がる村は、実際に降り立つととても大きいはずなのに、ここから見ると隅から隅までが一望出来た。

眼を凝らせば、家々の間を歩く小さな人間が見える。

(凄い、蟻みたい……)

こんな風に上から人間を見下ろすなんて経験、産まれて初めてだった。


そしてその村を四方からしっかり囲む様にして、崖が立っていた。

この国に入るまでは中々の難所として知られているのだが、ほんの一歩で跨げてしまいそうな程、それすらもちっぽけに見えてしまう。

切り立った崖の向こう側には、うねうねと曲線を描く山々が連なっていた。

雪帽子を被った山は地平線の果てまで続いていて、やがてそれはとある一線を境に空の色へと移り変わる。

そのまま流れるようにして顔を上に向ければ、控えめな冬の太陽が二人を優しく照らしていた。



「案外綺麗だろ」

景色に見惚れていると、ミナトが言った。

「ここはなんの場所?」

「高見台だ。昔は到底此処には上がれなかったけど、今はようやく許されるだけの立場になれたわ」

ミナトは抱きかかえていたカヤを慎重に地面に下ろした。

とん、とつま先が地面に付き、ミナトに支えられながら自分の足で立つ。

二人は肩を並べて、しばらく眼下の景色を見渡し続けた。



「……琥珀、俺な」

やがてポツリとミナトが口を開いた。

「兄上に斬られたあの時、急所は逸れてて、命は助かったんだ」

それは間違い無く、カヤの眼の前でミズノエが斬られた時の話だった。

「怪我が治った頃、すぐお前に会いに行こうとしたんだけど、兄上に『隣国の密偵に入れ』って言われてさ。最低限の荷物と、"本物のミナト"の情報を頭に叩き込まれて、次の日には翠様の国に放り込まれてた」

カヤは黙って耳を傾けていた。

カヤが知らない、その後のミズノエの道のりを、一言一句聞き漏らさぬよう。