今年の雪の佳境は超えたようだった。
もう数日間は雪が降っていない。
最近少しずつ気温が上がっているようだから、もうこれ以上は積もらない、と律が言っていた。
きっと今から雪が融けていき、春の足音が近づいてくるのだろう。
現に、窓から見える森はあれだけ真っ白だったのに、今は徐々に木本来の緑色が覗き始めている。
それと同じようにして、カヤのつわりも少しずつ落ち着き始め、以前のようにご飯も食べられるようになったので体力も回復してきた。
お腹がいっぱいになると気持ちが前向きになって、つわりが酷かった時ほど嘆かなくなった。
それに伴い、あれだけ自分の事で精一杯だったカヤに、ようやく周りに眼を向けるだけの余裕が出てきた。
「まあ、素敵ですわ!」
そう言って、砦の女官がパン!と手を叩いた。
「……ちょっと派手すぎやしませんかね……?」
「いえいえ!何ならもっと飾り付けたいくらいですわ!」
カヤは正に今、着せ替え人形と化していた。
カヤの体調の回復に伴い、遠慮を取り払ったハヤセミの計らいで、恐ろしい事に祝言の準備は着々と進んでしまっていた。
本日は祝言の衣装合わせのため、カヤは朝早くからこうして何着も何着も、それはもう恐ろしいほどに何着も、様々な衣装を着せられていた。
カヤが今着ているのは、この国に伝わる伝統的な花嫁衣裳だ。
上質な絹の衣はさらりと着心地が良く、後ろに流れるような裾の形も美しい。
襟元には細かな刺繍が施されており、糸に金が織り込まれているのか、キラキラと輝きを放っていた。
そしてカヤの首元、手首、耳には黄金色の宝石があしらわれた装飾品が付けられている。
『なんでも良いです』と言ったカヤに、ハヤセミが選んだ宝石は、何とも腹が立つ事に琥珀だった。
カヤは憂鬱な気持ちで衣を摘まみ、自分の身体を見下ろした。
きっと翠ならば似合っていただろうが、背も高くもなく、起伏にも乏しい身体のカヤは、完全に衣装に着せられていた。衣装に申し訳ない。
「うーん……祝言の頃にはもっとお腹が出ているでしょうから、裾がもう少し長めのお召し物の方が良いかもしれないですね……他のも試しましょう!」
ぶつぶつと呟いていた女官は、ごそごそと衣装の山を漁り始めた。
まだ着るのか、とカヤは絶望しながらその背を見つめる。
衣装決めを担当しているらしい彼女は、カヤよりも一回りほど年上の女性で、女官達を束ねる女官長らしい。
話しをするのは初めてだが、顔にはなんとなくだが見覚えがある。
カヤがこの国から脱走する前から砦に仕えていた者なのだろう。