「ん?」

「あの……えっと、実はね……」

「……どうした?」

「じ、実は、私っ……」

さあ、正に今言葉をぶつけよう―――――と、決心した時だった。


「失礼します、クンリク様」

突如部屋に入ってきたハヤセミに、思い切り出鼻をくじかれた。


ハヤセミは今日も腹の立つようなにこやかな笑みを浮かべながら、カヤが横たわる寝台に向かってきた。

その背後にはミナトの姿もある。

脱走を阻まれて以来、ミナトとは会話はおろか眼すら合わせていない。


「ああ、貴女もいらっしゃったのですね。珍しい」

ハヤセミは律の存在に気がつくと、薄く笑った。

「隠密だけでなく看病もされるのですか。まるで万津屋ですね」

嫌味がかった言い方に、律は不愉快そうに美しい眉根を寄せる。

律の性格的に何か言い返しそうなものだったが、意外にも彼女は無言でハヤセミから目を逸らすだけに留めた。

ミナトと律はそれなりに見知った間柄のようだが、ハヤセミと律の仲は、そこまで良くはなさそうだ。



「体調は如何ですか?」

そう尋ねられ、気だるい体にどうにか鞭打ち、横たわっていた寝台から上半身を起こした。

「ええ……ご心配頂きありがとうございます」

全くありがたくも思っていないが、事務的にそう返したカヤは「何の御用ですか?」と問うた。


「これ、何だと思いますか」

そう言ってハヤセミがヒラヒラと振ったのは、一通の書簡だった。

中身が見えないのに分かるわけが無い。

無言で首を横に振ったカヤの耳に、次の瞬間、信じられない言葉が飛び込んできた。

「翠様からの書簡ですよ」

その一瞬、自分が体調を崩している事を綺麗さっぱり忘れてしまうほどに驚いた。

「実は貴女の身柄を返すよう三度ほど勧告されましてね……無論、全て丁重にお断りしましたが。そうしましたら、遂に直談判を要求されてきまして」

普段ならば、その飄々とした物言いに不愉快さを感じていたに違いないが、今のカヤには何ら気にする余裕も無かった。



(翠……)

翠が。愛しい人が筆をしたためた書簡が、ほんの目の前にある。

正直捨て置かれても仕方ない、と心の何処かで思っていたのに、彼はカヤを返すように言ってくれたのだ。それも三度も。

カヤには、ハヤセミの手の中の書簡が、何か光り輝く宝のように見えた。

あまりの嬉しさに言葉が出てこないカヤだったが、次にハヤセミが発した言葉は違う意味でカヤから言葉を失わせた。

「面倒なので、貴女の口から一言お伝えしてくださいませんか?」

――――ピシ、と歓喜していた心に割れ目が入った。


「……は、い……?」

唖然と言葉を返すが、ハヤセミの笑みは一切崩れない。

「ですから、翠様に仰って欲しいのですよ。貴女が自分の意志で此処に居ると」

「は……?な、ぜ……ですか……?」

「このままだと戦になりかねませんからね。正直、国の体制が整ってまだ日も浅いので、この時期の戦は避けたいのですよ」


この男は何を言っているんだろう、と心底理解に苦しんだ。