「……独りだよ」

くしゃ、と顔を歪めてそう言葉を投げかけた。

「一人じゃないよ」

「独りだよ。私はこんなに独りだ」

「違うよ。一人じゃない」

―――――だから泣かなくても大丈夫。


そう言って、穏やかに月光を振りまいた月は、やがて静かに雲間に翳っていった。


(一人じゃない)

月の鼓動に耳を澄ませ、カヤはその言葉を反芻した。
不思議と心に残留する、その清廉な声と共に。

一人じゃ、ない。






「……ん」

眼を覚ますと、そこもまた静かな夜更けだった。

しかし今度は夢では無い。
目の前には、岩造りの天井が見える。紛れもなく砦だ。

カヤはゆっくりと起き上がった。

夢の中で、まるで子供のように号泣してしまっていた気がする。

鼻をすすりながら眼尻を拭うが、案外涙は指に張り付いてはこなかった。

不思議に思いながらも、カヤは静かに寝台から降り立つ。

ひたり。
足の裏に冷たい岩の温度を感じながら、窓際に歩いた。

鉄格子の隙間から、透き通る光が部屋の中に差し込んでいた。

その月光を浴びながら、漆黒の空を見上げる。


ゆったりと浮かぶ蒼い月が、邪気の無い笑顔をカヤに向けていた。



「……もしかして」

そっと呟いた言葉は、白い息となって夜陰に溶けていった。













「……ごめんね、律」

寝台に身体を埋めながら、カヤは申し訳なさげに謝った。

「良いから気にするな」

そんなカヤの頭を、律がぽん、と撫でる。


律がふらりと砦に帰ってきたのは、昨夜の事だった。

本来ならば今日も朝早くに砦を発つつもりだったそうなのだが、彼女はそれを取り止めてくれた。

「今日は一日付いてるから、大人しく寝な」

「はい……」

と言うのも、秋の祭事で崩したカヤの体調が、なかなか回復しない所か、ここにきて悪化していたからだ。

砦に連れてこられた当初から体調は良くは無かったものの、皮肉にも砦の生活に慣れてきてしまっている自分も居た。

そのため体調も徐々に回復していくものかと高を括っていたのだが、残念ながらそう上手くはいかなかった。


「なかなか長引くな……熱が高いわけでも無いんだがな」

カヤの額に手をあてながら、溜息交じりに律は言う。

ここ最近、地味に続く微熱、倦怠感、加えて嘔吐感に悩まされていた。

こんなも不調を引きずるのは、記憶にある限りは産まれて初めての事だった。


「早く治ると良いな」

安心させるように微笑む律に、うん、と頷きかけたカヤは、ふと眼を伏せる。

実はここ数日、ずっと一人で考えていた事があった。

律は長い間不在だったし、他に話せるような人も居ないので誰にも言わなかったのだが、もしかしたら今言うべきなのかもしれない。


「……ねえ、律」

カヤは思い切って口にしてみる事にした。