【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「ど、どうしてそんな事を言ってくれるの……?」

「カヤには借りが幾つかあるからな。それを返すだけだ」

律が言っている『借り』とは、恐らく以前会った時の事だろう。

そう言われれば、屋敷の兵に追われていた彼女を馬小屋に隠したし、牢で翠に衣を引ん剥かれそうになったのを庇ったのも確かにカヤだ。


(だから私に優しくしてくれるって事……?)

突如、胸に小さな希望が湧いた。

カヤは思わず律の腕を握り締め、期待を込めて口を開いた。

「じゃ、じゃあ、私を……」

――――翠の所へ帰してほしい。

そう言おうとした願いは、律の言葉によって遮られた。

「但し、カヤを帰す事は出来ない」

正にそれを言いかけた口の形のまま、カヤは固まった。

絶望的な表情で言葉を途切れさせたカヤの頭を、律は心底申し訳なさそうに撫でる。

「……すまない。それだけは叶えられないんだ」


(そんな……)

ミナトはカヤを帰す気は無い。
律も手を貸してはくれない。

窓には鉄格子。きっと見張りも付くだろう。


(翠、どうしよう……)

私、帰れないかもしれない。


















―――――ミズノエ。お前はいつかこの国を裏切るだろう。

―――――兄様、お止め下さいっ……僕は、そんな事……!


何度だって繰り返す。
あの真っ赤な日を。

嗚呼、どうかもうそれ以上、あの子を苦痛の渦に放り込まないで。



―――――逆乱の芽は摘ませてもらう。悪く思うなよ。

―――――兄様、兄様ぁあああぁぁ!

だってもう開けてしまったの。
固く閉ざした、重たい蓋を。



―――――いやだ、ミズノエっ、ミズノエ……!

その中でチロチロと揺れていた小さな灯は、ふっと吹けばまた消えてしまう。

永遠に終わらない。
消えては点き、点いては消える、命の灯。



「っ、いや、だ……」

瞼を濡らす赤、赤、赤。
淀んだ空気が身体に張り付いて、嘔吐してしまいそうなほど不快だ。

「……か、ないで……行かないでぇ……」

呼ぶ。必死に呼ぶ。手を伸ばす。
行かないで、って。独りにしないで、って。

「……ミ……ズ、ノエッ……」



―――――此処に居るよ。


ふ、と手を握られる。
ああ、優しい指だ。知っている。心地良い指だ。



―――――ゆっくりと眠って。


うん、と頷く。
ゆるゆると撫でられる頭が心地よくて、また身体が深く沈んでいった。

穏やかに波を揺らす、深い海原の中へと。











パチリ、と、やけに呆気なく眼が覚めた。

何故かは分かっている。
ここ最近は、ずっと眠りが浅いせいだ。

しかしそれは、一瞬で目覚める代償の代わりに、身体に酷い倦怠感をもたらす。

「うー……」

得も言えぬ気分の悪さに呻きを上げながら、カヤはのそのそと起き上がった。