【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「立場を弁えろ!お前は自分が何を言っているか分かっているのかっ……!」

彼にしては珍しく、ハヤセミが怒り狂った叫びをあげた時だった。


「おい、クンリクの声はまだ出ないのか!」

部屋に入ってきたその人物に、ハヤセミもミズノエも慌てて膝を折った。

王は、ただただ寝台に腰かけたままのカヤを一瞥すると、苛立ったよう眼を細める。

「まだ回復の兆しは見受けられません」

ハヤセミが即座に答えると、王は舌打ちした。

「ちっ……あれから三年も経つと言うのに、とんだ木偶の棒に成り下がりおって……おい、クンリク!」

にゅっ、と伸びてきた王の腕が、カヤの首元を掴み上げた。

それでもカヤは、自分に何が起きているのか気が付いてすらいないように、だらんと身体を弛緩させたままだ。

「祈れぬ神は要らぬぞ!次の夏至までに声が出ないようなら、お前を砦の崖から突き落としてやる!」

乱暴にカヤを放し、王は足音荒く部屋を出て行った。

その後を追うようにして、ハヤセミもまた部屋を後にする。

再び静寂を取り戻した部屋の中、ミズノエは力無く寝台に座るだけのカヤに這い寄った。

「っお願い、琥珀……喋って!じゃなきゃ殺される……!」

随分と細くなってしまったカヤの膝に頭を押し付け、泣きじゃくるけれど反応は無い。

「……っ琥珀……」

絞り出すように名を呼んだ時だった。

すっ、とカヤの腕が上がった。
弱々しい指は窓の外を向いている。

その指先を辿りながら、ミズノエは慌てて涙を拭った。

カヤが自分から何か行動をするなんて事は、声を失って以来無かったのだ。


「何……?お日様……?」

真っ直ぐに指し示していた。

約束を交わしたあの日と同じような、何処までも続く高い空と、温かく世界を照らす太陽を。

「外に……出たいの?」

おずおずとそう問いかけると、カヤが僅かに頷く仕草を見せた。

ミズノエは息を呑んだ。

カヤは、太陽を望んでいた。
まるで死に行く前の、最後の望みのように。



「……琥珀、ごめん。外にはどうしても出れないんだ……」

あの日以来、砦の警備が強固なものになった。

今のミズノエの力では、カヤを連れて逃げ出すなんて事は不可能だ。

ミズノエの言葉に、カヤはするすると手を降ろした。

その眼には、悲しみも絶望も浮かんでは居ない。
ただただ、色の無い瞳を携えて、静かに終わりの時を待っていた。

「っ、ごめんよ……」

再び涙を浮かべたミズノエは、ゆっくりと立ち上がり、部屋を出て行く。



その日からミズノエは、カヤの部屋に姿を現さなかった。