【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

もう一度、ないよ、と言おうとしたが、それはただの息となり虚空に消えていく。

カヤは自分の喉を押さえた。

「……どうしたの?何か言って?」

ミズノエがそう言うから何かを発そうとするが、無理だった。

ぱくぱくと口を開閉させるカヤを見て、ようやく気が付いたらしいミズノエが、絶望的な表情をした。

「琥珀……もしかして、声が……」

―――――最後の家族を失った日、カヤは己の声をも失った。











「琥珀。口、開けて?」

ミズノエが匙を差し出すが、カヤは口を閉ざしたまま首を横に振った。

「もう要らないの?ちゃんと食べなきゃ……ほら」

再度促されるが、それでも食べる気配を見せないカヤに、ミズノエは諦めたように匙を引いた。


かか様が殺されてから、三年の月日が経過していた。
その間、カヤが一言も言葉を発する事は無かった。

今まで傍に居てくれたかか様の代わりに、カヤのお世話役はミズノエが命じられた。

と言うのも、ミズノエ以外からでないと、カヤが食事を口にしないのだ。

とは言え、そのミズノエの手から受け取る食事も微量なもので、カヤの身体は三年前とは比べ物にならないほど痩せ細っていた。


「ミズノエ。クンリク様のご様子はどうだ」

あの日以来、ハヤセミは毎日のようにカヤの部屋に様子を見に来た。

気を急いているのだろう。
声を無くしたカヤは、最大の役目である祈りを行う事が出来ない。

三年にも渡り、その役割を放棄しているカヤに、王は最近酷く苛立っていた。


兄の問いかけに、ミズノエは哀し気に首を振った。
分かり切っていた返答だろうが、ハヤセミは溜息を付く。

ハヤセミは寝台に腰かけるカヤの目の前に膝を付くと、虚ろな眼を厳しく覗き込んだ。

「クンリク様。いい加減声を出して下さいませんか?」

「に、兄様っ……琥珀は好きで声を出さないわけじゃ無いんです。それに、少しずつ僕の言葉に反応するようになってきてくれて……」

「ミズノエ!その呼び名はやめろと言ったはずだろう!」

飛んできた叱咤に、ミズノエはビクリと肩を震わせた。

「クンリク様はクンリク様だ。間違っても王の前でその名で呼ぶなよ」

「でも……」

「それに、いくら世話役とは言え親しくしすぎるな。王は将来的にクンリク様を弥依彦様の側室にとお考えだ」

「……え?」

ミズノエが驚愕に眼を見開いた。

そんな弟を鋭く睨み付けながら、ハヤセミは憎々し気に言葉を吐く。

「良いか?万が一お前がクンリク様に心を寄せ、それが王に悟られれば……」

「そ、そんなの嫌です!僕は、琥珀をお嫁さんにしたいんです!」

「っこの馬鹿者が!」

「あう!」

縋りついたミズノエの頬を、ハヤセミが激しく打った。

ビシッ―――と痛々しい音と共に、ミズノエが床に尻もちをつく。