【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「お願い、娘には手を出さないで!お願い!」

「それはお前が決める事では無い!……王よ!お休み中に申し訳ありません」

力を緩める事無く、かか様を抑えつけていた兵が、ハッと何かに気が付いた。

咄嗟に同じ方向を見れば、兵に囲われるようにして王が闊歩してくるのが見えた。

遠目からでも分かるほど、その表情は憤怒に満ちている。


「愚かな女めっ……夫の件で懲りたかと思えば……よもや逃げ出そうとしただと!?」

怒り狂った王には、迷いなどと言う感情も、慈悲と言う優しさも、一片すら無かった。

「殺せ!今すぐにこの女を殺せ!」

その命令と共に、兵が二人がかりでかか様の両腕を掴み、頭を抑えつける。

そしてもう一人の兵が剣を高々と振り上げた。

恐怖に満ちたかか様の瞳が、カヤを捉え、激しく揺れる。

「っカヤ、カヤ……!」

「かか様っ……かか様!」

「カヤ―――――……!」

「かかさまぁああああっ―――――……!」

ギラリと光る刃は、真っ直ぐに真っすぐに振り下ろされた。

かか様の首に向かって、非道なほど躊躇なく。


「いやだあああああ!かか様ぁあああ!」

いつの間にか叫んでいたのは、カヤ一人だけになっていた。

ゴトン、と。
そんな重たい音が聞こえた。

どくどくと、おびただしい量の真っ赤な液体が床を伝って、座り込んでいるカヤの元に届く。


かか様は居た。
カヤのほんの目の前に居て、眼から真っ赤な涙を流して。


「……え……?」

変だ。
だってかか様の身体は、あっちにあるのに。
どうしてかか様のお顔がこっちにあるの?


「うっ、あ……」

ひくっ、と喉がわめいた。
悲鳴を上げたいのに、声が喉に張り付いて、出てきやしない。


「か、かっ……様……」

その唇で呼んでもらいたいのに。
その腕に抱いてもらいたいのに。

嗚呼、一体私は、二つになってしまったかか様の、どちらに縋るべきだろう?








「――――……はく、琥珀!琥珀!」

気が付けば、目の前でミズノエがボロボロに泣いていた。

ゆっくりと瞬きを繰り返し、辺りを見回す。
いつの間にか、カヤは自室に居た。


「良かったっ……眼を覚ましてっ……」

抱き着いてきたミズノエの体温を感じながら、カヤはやけに自分の意識がふわふわとしている事に気が付いた。

「琥珀、怪我してない?どこか痛い所は無い……?」

そう尋ねられ、ないよ、と言おうとした。
けれどなんだか変だった。声にならなかった。