【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

その瞬間、頭に浮かんだのは今日大切な人と交わしたばかりの約束だった。

「でも……でも、わたし、ミズノエと約束したの……カヤをお嫁さんにって……」

「ねえ、カヤ。お願いよ、行きましょう」

「でも……」

どうして良いか分からず口籠ってしまったカヤの肩を、かか様が強く掴んだ。

「だって、もう泣くのは嫌でしょう、カヤ?」

かか様の言う通りだった。

確かにカヤはもう泣きたくなかった。

そして何より、毎晩声を押し殺して泣いているかか様の声を、聴きたくは無かった。

頷いた瞬間、かか様はカヤの身体を抱き上げ、走り出した。



初めて歩く真夜中の砦は、想像以上に真っ暗だった。

物音一つしないし、人っ子一人居やしない。
それがとても不自然で、幼いカヤには訳も無く怖かった。

暗闇の中、かか様はカヤを抱えて全力疾走した。

「かか様、怖いよ、怖いよ」

恐ろしかった。
真っ暗な闇も、かか様から伝わってくる緊張感も、あまりにも静かな砦の雰囲気も。

「喋っちゃ駄目っ……ほら、もう少しでお外だから……」

「お外……?」

かか様の腕の中で、カヤは振り向いた。
いつの間にか、かつて無い程に砦の出口に近づいていた。

暗闇の向こう側に、小さく切り取られた薄ら明かりが見える。

そこから強い風が入り込んできていて、あれが出口なのだと分かった。


「お外だ!かか様、ほら、お外が見えるよ!」

どれだけ望んでも、手に入らなかったそれが、目と鼻の先にあった。

温かな太陽。
鼻孔を満たす草の香り。
何の隔たりも無い自由。

どうしても欲しくって、必死に手を伸ばした。


―――――あと、少し。





「おい、待て!何処へ行く!」

背後から響いてきた怒声に、カヤは飛び上がった。

かか様が一瞬立ち止まる。

そこには、砦の兵が居た。
カヤ達を見て驚愕の表情を浮かべている。

「脱走だ!逃がすな!捕らえろ!」

後ろから追いかけてくる声を振り切るようにして、かか様は再度走り出したが、もう遅かった。

どこから現れたのか、何人もの兵が砦の入口を塞ぐようにして立ちはだかった。

「そんなっ……」

かか様が絶望的な声を上げた瞬間、追いついてきた兵がカヤとかか様を引き剥がした。

「くそっ……!来い!おい、誰かすぐに王を呼べ!」

「いやぁあああ!放してっ、放して!」

「かか様ぁぁあぁ!」

かか様は兵によって地面に抑えつけられ、カヤは屈強な手によって両腕を拘束された。

「カヤッ……カヤ……!くっ……」

必死に抜け出そうと足掻くかか様の背中を、兵が膝で抑えつけた。

痛みに呻いたかか様が、歯を食いしばる。