【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「ぐ、あっ……!」

ミナトは眼にも止まらぬ速さで二人の兵を地面に引き摺り倒すと、兵の腰にあった剣を奪った。

「動くんじゃねぇ!」

その鋭い言葉に、既に剣を抜いていた翠はピタリと動きを止めた。

ミナトは二本の剣を抜き身にし、地面に倒れ込んでいる兵の喉元に当てていた。


「止めろ!兵に危害を加えるな!」

剣を構えながら、翠が即座に言う。

ミナトは、ふっ、と鼻で笑うと、身動きが取れない二人の兵に言い放った。

「殺さねぇでやるから、そのままゆっくりと下がれ」

その言葉に、二人の兵は慎重に後ずさりをし、ミナトの刃が届かない場所にまで退避した。

それを見届けたミナトは、両手にあった剣のうち一本を遠くへ投げ捨て、ゆっくりと立ち上がった。

炎に照らされる横顔も、風ではためく髪も、何もかもがいつも通りだと言うのに。

そこにはもう、カヤの知っているミナトは居なかった。


「……ミナ……ト……?」

戻ってきて欲しかったのだろう。

縋る様に呼んでしまった時、ミナトの視線が、つ、とカヤを辿った。


「……やっぱりお前にこの国は似合わねえよ」

日に焼けた唇が、カヤに向けて言葉を発する。

時に厳しくカヤを叱咤した唇が。
時に腹立つほどの憎まれ口を叩いてきた唇が。
時に不器用にカヤを勇気づけてくれた唇が。


「お前は、あの国に帰った方が絶対幸せだ。なあ、一緒に戻ろう」

今まで一番柔和に優しく、そして包み込むような声を吐いて。

傷だらけの指先をカヤに差し出し、そして惹きこむのだ。


「俺と来いよ――――――琥珀」


狂おしいほど懐かしい記憶の渦へ。




「……う、嘘……でしょ……」

喉がカラカラに乾いていて、掠れた声しか吐けなかった。

ミナトが捕らえられた、と言うことだけでも驚きだと言うのに、最早それが霞んでしまうほどの、あまりにも大きな衝撃を受けていた。

在り得なかった。
目の前で起きている何もかもが、絶対に在り得なかった。


(だって、その名前で私を呼ぶ唯一の人は)

もうこの世には居ないのに。





「……ミズノエ、なの……?」


"――――ねえ、琥珀"

優しくカヤを呼ぶ、幼いあの子の顔が浮かぶ。
大好きだった、あの頃のカヤの、すべてが。


「あな、たは……あの時、死んだんじゃ……」

ぐわんぐわん、と酷い眩暈がして、カヤは頭を押さえた。

思い出せなかった。

忘れられるわけも無い記憶のはずなのに、まるで誰かがカヤの両目を掌で覆い隠してしまっているかのように。


(思い出せ、思い出せ!思い出せっ……!)

ミズノエがハヤセミに刺された後、私はどうなった?

真っ赤な血溜まりに呆然と座り込んで、そして。
そして、その後は?