【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「……ございません」

上から顔を地面に抑えつけられながらも、ミナトはきっぱりとそう述べた。

「そうか。では教えてやろう」

ザッ、ザッ、と翠はゆっくりとミナトに歩み寄る。

「この者は西の山岳の村に産まれた者だ。幼い頃に両親を亡くし、孤児となった後は山を降りて、海沿いの村で漁労を生業にしながら生きていたそうだよ」

ザッ――――ミナトのほんの目の前で立ち止まった翠は、触れれば凍りそうな冷たい眼で、ミナトを見下ろした。


「―――――そして、名をミナトと言う」


翠の唇から落ちてきた言葉は、静まり返る空気を伝って、するりと鼓膜に届いてきた。

だと言うのに、カヤは翠が発した言葉の意味を、理解しきれなかった。

ミナトもまた、黙ったまま翠を見上げている。

翠は再び静かに口を開いた。

「この者とお前が同じなのは、名前だけはなくてな。お前の出生記録と照らし合わせた所、なんと産まれの村も、齢も、孤児だと言う事も、全てが同じなのだよ」

冷たい眼とは裏腹に、翠の口元には嗤いが浮かんでいた。

卑しい者にでも向けるかのような、嘲笑いが。

「どうにも不思議だったので、村人に直接この男と会って確かめて貰ったよ。かつて村に居た『ミナト』と似ているかどうか」

どくん、どくん、と自分の心臓がけたたましく鳴り響いている事に気が付いた。


(嫌だ、聞きたくない)

無意識にカヤはそう願っていた。

嫌な予感と言うものが、得体の知れない気持ち悪さになって全身を巡る。

その不快感に、思わず心臓の真上を握りこんだ。

翠はもう、嗤ってすらいなかった。

「確かな証言が取れたよ。村人曰く、正真正銘この者は『本物のミナト』だ」

――――ど、くん。
心臓がひと際大きく悲鳴を上げる。

聴きたくない、知りたくない、目の前の現実を必死に拒否するように。


「なあ、お前は一体何者なんだ?」


しん、とした静寂。
鼓膜を押し潰してしまいそうな静けさだった。

誰も一切動かず、一言も言葉を発さない中、パチパチと松明が爆ぜる音だけが響く。

その場違いなほど柔らかな音を聴きながら、カヤは足元がぐらぐらと揺れているのを感じていた。

(ミ、ナト……?)

どうして彼は黙っているのだろう。
どうしてそんなのは何かの間違いです、って言わないのだろう。

(言ってよ、ねえ)

俺は間違いなくミナトです、って、そう言ってよ。




「……っは、さすがは翠様」

聞こえてきた嘲笑は、聞き間違いでは無かった。

ゆらり、ゆらり、と。
橙の炎が揺れるミナトの双眸は、確かに笑みを浮かべていた。


「兵よ、下がれ!」

翠が叫んだのと、ミナトが自分を抑えつけている兵の腕を掴んだのは同時だった。