血の匂いが、する。
鼻腔を満たすその匂いは、酷く懐かしい。
嫌だ。これ、息がし辛くなるから。
――――ねえ。
誰かが、呼んでる。
――――助けてよ。
誰かが、救いを求めている。
「……だあれ?」
呼びかけた声は、虚空に消え行く。
声の主を捜そうと辺りを見回せば、視界の端から入り込んでくる毒々しい色に、一瞬で眼球が固定された。
「ひっ……」
赤だ。赤い池が、足元に広がっていた。
「や、何、これっ……」
後ずされば、コツン――――何かが足に当たる音。
錆び付いた首をゆっくり動かせば、そこには血だまりに打ち捨てられた、小さくて哀れな死体が一つ。
「やだ……やだよ……嘘だ……」
しきりに現実を拒否して、だけど気付かざるを得なかった。
「こんなの、嘘だっ……」
カヤの手には、しっかりと握られていた。
血で濡れた、短剣が。
翠から貰った約束の証が、ぬらぬらと狂喜めいた輝きを放つ。
「嫌だぁあぁあああぁあ!」
―――――嗚呼、何もかも、私のせいだ。
「―――――……ヤ様……カヤ様!カヤ様ッ……!起きて下さい、カヤ様!」
ビクッ!と身体中が震えて、カヤは飛び起きた。
辺りは真っ暗だった。
しかしなんて事は無い。見慣れた自分の家だ。
カヤは、慌てて両手を見下ろした。
手汗で濡れているが、血は一滴も付いていない。
(わ、たし……?)
夢を見ていたのだ。
そう悟った瞬間、外で誰かがカヤを呼んでいる事にようやく気が付いた。
「カヤ様!出てきて下さい!お願いします!カヤ様ッ!」
尋常では無い呼びかけに、カヤは慌てて家の入口へ向かう。
暖簾を上げれば、そこには酷く焦った顔のヤガミが立っていた。
「ど、どうしたんですか?こんな夜更けに……」
家の中が真っ暗なら、外も真っ暗だった。
東の空も、白んですらいない。
ヤガミがこんな真夜中に尋ねてくるなど、普通の事では無かった。
「大変なんです!お願いです、一緒にいらしてください!」
「え?え?何ですか?何があったんですか?」
その必死の形相に思わず慄けば、ヤガミは叫ぶように言った。
「ミナト様がっ……!ミナト様が、捕らえられてしまったんです!」
―――――ねえ、全部元通りになるって、そう言ったのに。
二人がミナトの家の前に辿り着くと、そこには真夜中だと言うのに人だかりが出来ていた。
そこだけ松明で煌々と照らされていて、ざわめきと共に物々しい空気が届いてくる。
「退いてっ……退いて下さい!」
慌てて人波を掻き分け、そして円の中心に辿り着いたカヤは、絶句した。
いつの間に外から帰ってきたのか、そこには翠とタケルが立っていて、そしてその目の前には――――
「ミナト!」
二人の兵に地面に抑えつけられているミナトの姿があった。