「ミナトとお喋りする事は禁じられていますが、今だけ私をミナトだと思ってお喋りするくらいは、翠様も見逃して下さるでしょう」

遠まわしな言い方だったが、カヤにはナツナの優しさがすぐに分かった。

「ありがとう、ナツナ……」

ナツナに対する止め処ない感謝の気持ちが溢れ出てきた。

カヤの気持ちを分かってくれた事。
そしてカヤ達の事を思って、敢えて止めてくれた事。

危うく零れてしまいそうになった涙をぐっと堪え、カヤは大きく息を吸いこんだ。

「ミナト。あの髪飾り、ミナトが作ってくれたって聞いたよ。私、もう一度改めてお礼が言いたくて……本当にありがとう。尚更大切にする理由が増えたよ」

普段よりも少しだけ大きな声で言葉を紡ぐ。

ミナトはその場から動かず、黙ってカヤがナツナに向かって発する言葉を聞いていた。


「それから祭事の時にミナトが言ってた事だけど、確かにこの国では嫌な思いもするけど、嬉しい事もたくさんあるよ。この髪が無かったら、皆に会えて無かったしね」

あの日ミナトが言っていたように、確かにこの国では何度も苦しい涙を流した。

それでも無様に生きてきた結果、こうして大切な人達と共に息が出来ているのだ。

それが何よりも幸せだと、カヤはとっくに分かっていた。


――――もしも生きる場所を自由に選べるのだとしても、私はこの国で生きていきたい。


(ねえ、だからそのためにも)

「私、どうにか翠様を説得するよ」

ようやく掴み掛けた意志を、こんな所で凍らせる訳にはいかなかった。



「そうしたら、また、ミナトに稽古付けて欲しいです。お願いします!」

深々とナツナに向かって頭を下げた。

今回の事でミナトに嫌な思いをさせてしまった事は分かっている。

翠への説得の過程で、ミナトに迷惑を掛けてしまうだろう事も分かっている。

それでも、どうしても諦めきれなかった。
カヤはまだ、足掻きたかった。



「……おい、ナツナ」

腰を折り続けるカヤの耳に、そんなミナトの声が届いた。

ナツナはすぐに「何でしょう?」と返事をする。

「あの馬鹿に伝えておいてくれねえか。今のうちにちゃんと自主練しとけよ、って。次の手合わせの時に、空いた期間分厳しくしごいてやる」

ゆっくりと頭を上げる。

カヤが振り向けば、そこには片方の口角を上げて大きく笑うミナトの姿があった。

何かが変わってしまったなんて一切思わせない、優しい彼の笑顔。


「何も心配すんな。必ず全部元通りになる。だから、お前は笑ってろ」



(ああ、全く持ってその通りだ)

ミナトの笑顔に釣られるようにして、カヤも万遍の笑みを浮かべた。


カヤとミナトは、約束通り一言も言葉を交わさなかった。

ただただ、しっかりと互いの眼を見据え、笑顔だけを交わし合う。

永遠にそれを失うはずが無かった。
大丈夫。だってこうして笑い合えた事は、嘘じゃ無い。


(翠が戻ってきたら、もう一度話してみよう)

ちゃんと気持ちを伝えれば、きっと分かってくれる。
翠ならば、絶対に。