「え……?」

今度はナツナが面食らう番だった。

唐突に話しを遮った上に、カヤがナツナの発言を全否定したせいか、彼女はそんな戸惑いの声を漏らした。

「ミナトは、私にそう言う感情は持ってないよ」

そんなナツナために、カヤはもう一度、はっきり丁寧に述べた。

しかしナツナの表情は全くもって変わらない。

当惑の色を浮かべる瞳を見て、しまった、と思った。
どう考えても説明が足りていない。

カヤは慌てて再び口を開いた。

「あ、ごめん。保身のために言ってるとかじゃなくって……えっとね、大変月並みなんだけど、わたし誰かを好きになるって気持ちが、最近ようやく分かりまして……」

「そ、そうなのですか?」

「うん。でね、確かにユタの言う通り、"良く分からない"って言う感じだったの」

カヤは、きっと幸運だった。

誰かを慕うと言う気持ちをごく最近知る事が出来たから。

そして、それを誰かから向けて貰える奇跡が起きたから。


「でもね、凄く良く分かる事もあったんだ。その人を大好きだって言う自分の気持ちと、その人が私を大好きだって思ってくれる気持ち。それって、言葉なんて全然必要ないくらいだった」

目を見れば分かる。
触れ合えば分かる。

まだ色の薄いそれだけど、与えるも与えてもらうも両方とも経験出来たからこそ、断言出来るものがあった。


「だからこそ分かるの。ミナトのそれは、まるで違う。ミナトは私を慕ってるんじゃない」

今までの思い出を呼び起こしてもそう分かったし、今ここで目の前にミナトが立っていたとしても、同じ事を思うだろうと分かった。

違うのだ。
身体中の血液を沸騰させるような、あの衝動ではないのだ。

例えるならばそれは、長い間隣にあった夏の日の木漏れ日。

心臓に張り巡らされた、木の根のようなもの。

静かやで無口で、深層めいた何か。




「カヤちゃん……」

きっぱりと言い切ったカヤに、ナツナが呆然と呟いた時だった。

「――――おい、ナツナ……?誰かと喋ってんのか……?」

遠くから聞こえてきた声に、二人は飛び上がった。

家の入口から正にミナトが出てきた所だった。


「おまっ……なんで此処に……」

カヤを見止めたミナトがギョッとしたように言って、それからすぐ片手で口元を覆った。

カヤもミナトも黙り込んだまま、互いを見つめ合った。


ほんの十歩ほどの距離だった。

こんなに。こんなに近いのに、言葉を交わせないなんて。

ミナトも似たような歯痒さを感じているに違いなかった。
表情を見れば容易に分かった。


「……カヤちゃん。ミナトに何か言いたい事があると仰っていましたよね」

そんな声にカヤは振り向いた。
ナツナは、真っすぐな視線をカヤに送っていた。

「う、うん」

おずおずと頷けばナツナは、ふう、と仕方無さげに息を吐き、それからニコッと笑った。